ボクは、元知能天使のナナ。
今は、お気に入りの執事3人と黒猫さんと一緒に旅に出ています。
それは、昨夜のことだった。
ボクは、外から聞こえる物音に目が覚め、ギシッとベットを軋ませながら外の方に歩いていった。
外は優しい風が吹いていた。
壁を背に物音の正体を見てみると、裕福そうな服を着た女がいた。
そして、その隣には…。
『ルカスと…ラムリ!?』
何故か、私の知らない人と執事が関わっている。しかも…仲が良さそうだ。
もしかすると、前に言っていた新しい悪魔執事の主なのかもしれない。
二人とも、その主にメロメロだ。
どうやら、偽の美しい花だけしか見なくなってしまったらしい。
「えー前の主さんいないじゃんここにいるんでしょ?」
私を探している。 そのことを知ってしまっただけで、背筋が凍るのを感じる。
「早く探してぶっ殺してやりたいんだけど。あはっ」
その笑顔は、気持ち悪いほど狂っていた。
私は逃げ出した。
きっと、今の自分には何も出来ない。
堕天してしまったせいで、セラフィムさん達のように人間を消すことも出来ない。
強いて言うなら、武器を作り出すことは可能だが、それを操る腕力などは到底ない。
だって…天使でも、女の子だから。
こういう時だけ、セラフィムさん達を羨ましく思ってしまう。
スローンさんの腕とか、鍛えられててかっこよかったな。
でも、それ以上にベレンさんやシロさん、それにベリアンさんの天使狩りはかっこよかった。
私もあんなふうになりたかった。けれど、出来なかった。
『ごめんなさいっ…ボク、無能でごめんなさい…』
今の私は、座り込んで泣くことしか出来ない。
いつの間にかこんなに弱くなってしまった。
「立ちなさい」
知らない声が聞こえて、顔を上げるとムーちゃんがいた。
『ムーちゃんどうしたの?その声』
ムーちゃんの顔も、いつもとは違う真剣な顔をしていた。
その眼差しだって、いつものふわふわした可愛らしいものではない。
キリッとしていて、オーラを感じる。
「貴方はそんなに弱い天使ではないでしょう?ほら、分かったなら立ちなさい」
天使扱いしてくれるのが、何故か嬉しかった。
天使の本能なのだろうか。そう思うとおかしくて、つい笑ってしまう。
『ありがとムーちゃんもう大丈夫だよ』
頬を伝う涙が温かかった。
外が寒いからだろう。雪も降ってきている。
宿に戻ると、心配したベレンさんが待っていた。
「大丈夫?主様。寒かったでしょ」
いつも、ボクのことを一番に心配してくれるのはベレンさん。
ぎゅーっと抱きしめてくれる。人肌が感じられてあったかい。それに安心する。
『ありがとうベレンさん。もう、大丈夫です』
そう言ったって、離してくれない。
それどころか、抱きしめる力を強めるばかりだ。
「俺…すっごく心配したんだよ?主様が急に居なくなって、どれだけ探したか分かる?」
その瞳は、水が溜まっていた。
溜まりすぎて、ツーっと頬に流れる水。
ボクは反射的に、ベレンさんの頬を舐めていた。
「え…っ?主様?」
案の定すごく動揺している。
その姿がお兄さんらしくなくて、クスッと笑ってしまった。
「あ、主様!笑ったでしょ!」
少し怒ったような口で言うが、今のボクにはそんなもの効果は無い。
『だって、ベレンお兄様らしくないから』
「あ、それ久しぶりに言ったね」
その言葉を聞いた時、ふと昔の記憶を思い出した。
それは、ボクが悪魔執事の主になった頃だった。
その時は、悪魔執事の主になんてなると思わなかった。
不安しかない日常に安心を最初に捧げてくれたのは、ベレンさんだった。
『こんにちは主様俺の名前はベレンだよ気軽にベレン兄さんって呼んで』
その声に、眼差しにボクは一瞬にして心を奪われた。
…その時から、「お兄様」という存在が出来た気がした。
部屋に戻り、温かい飲み物を飲む。
ベレンさんが冷ましてくれたので、ボクが飲めるほどの温度になっている。
「ね、主様外に出て一体何してたの?」
急にそんなことを言われてビクッと震えた。
あの事を言った方がいいのか、言わない方がいいのか。
ぐるぐる悩んでいると、突然バサバサという羽音がした。
窓の外を見ると、ボロボロになったラックがいた。
『ラック!あ…もう、終わっちゃう』
生き物を創っても、寿命はあるものだ。
最後は、天使を殺すようにボロボロと灰になる。
「ァ…アルジガ…コチラニクル…」
遺言のようにそう残し、灰になった。
「主様?外で何があったか教えてくれない?」
今までにないすごいオーラでこちらを見ていた。
そのオーラに感服し、ボクは外にいた時の出来事を話した。
「よしよし。よく話してくれたね。あとはベレン兄さんに任せて」
そう言って、近くにある槍を取った。
『待って待って待って待って!』
武器を取るとは思わなく、すぐに止める。
すると、怖い形相でこちらの方を向いた。
「主様。今からちょっと虫を捕まえに行ってくるだけだから」
『乱暴じゃない方法にしてよ!』
そうツッコミを入れると、バンッ!と大きな扉の開閉音が聞こえた。
「主様!良かった…ご無事でしたか」
「外が騒がしい。何かあったのか」
ベリアンさんとシロさんだ。
その手には…何故か武器を持っている。
『なんでみんな物騒なの』
「主様を守るためだよ」
笑顔でそう答えるが、槍が可哀想に見えるほど、手でぎゅぅぅぅっと握っていた。
「主様!ルカスさんとラムリさんがこちらに!」
ムーちゃんもいる。もちろんムーちゃんは武器を持っていないようで安心した。
「お前、どうする」
「追い払いますか?」
「俺は追い払いたいな〜」
やはり皆、新しい主が嫌いそうだ。
もちろん、私も嫌いだが。
『旅の邪魔になる者は追い払っていいよ』
そう言うと、三人とも光のような速さで外に出た。
『さ、ムーちゃん行こっか』
「はい、主様」
出来るだけ優しく…やさーしくお話しようと意気込んだ。
これは戦いではない。旅を続けるための通過点だ。