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「あ、ごめん。自己紹介が先だよね」と今更わざとらしく取ってつけたような笑顔になって。
「お久しぶり、私、青木優里です。あの合コンに真衣香を連れて行った友人です」
ようやく、名乗ってくれた。
「あ、ああ、そうだ優里ちゃん!」
真衣香の口から幾度となく聞いた名前が、頭の中でよみがえり、安堵したのも束の間。
「は? 気安く名前呼ばないで」
冷たい声が返ってきた。
まあ特に好かれていたいとも思わないのだが、真衣香の友人から嫌われているのもどうなのか。あまりいい状況ではないことは確かだろう。
(いやいや、てゆーか、安心してる場合じゃないだろ)
わざわざ真衣香の友人が、会社の近くにまで足を運ぶ。しかも、あの夜に連絡をしているのだとしたらかなり仲がいいのだろう。
(てか前に、優里に相談できなかったら他に聞けないからネットに頼るんだとか何とか言ってたな? これガチで親友的な感じか)
うーん、と内心唸る。
だとするならば、嫌われてるのは後々まずいんじゃないのか?
(しかも、俺に会いにって。普通に考えておかしいから)
沸々と湧き出る疑問を坪井が問うよりも早く、優里は口元にだけ不自然に弧を描いて。
「私、父方のイトコが芹那って、いうんだけど。青木芹那、同い年で、結構仲良かったんだよね」
一字一句、丁寧に区切って、ゆっくりとその名前を口にした。
「……あ、青木、芹那?」
「そう、青木芹那。私の従姉妹で」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
真衣香の友人に嫌われているかもしれない、などと生易しいものではなかった。
この寒いのに背中を汗が伝っていくのがわかってしまう。
間違いなく冷や汗だ。
待ってくれ、といくら祈っても。まさか目の前の事実など変わるわけもなく。
「坪井くんの、随分と昔の話になるけど、元カノだよね?」
どれくらい、黙っていたんだろう。
「聞いてるの?」と優里の声がして坪井は我に返った。
すると途端にざわざわとした雑音が耳に入る。
「あれ誰?」
「坪井くんの彼女?」
「な、わけないじゃん。立花さんなんでしょ」
「別れて新しい人かな」
などと、また好き勝手に話を膨らまされている。
よくまあ次から次へと思いつくものだな、と肩をすくめてしまう。
「ごめんね、ちょっと場所変えてもいい?」
その声の群れから視線を優里に戻す。
そこには、やはり睨みつけるよう、攻撃的な目があった。
「……別にいいけど、今日真衣香はもう帰ってるから。確認してから来たし、私はここでも何にも困らないけど?」
「俺が困るんだよ、あいつの耳に余計なこと入れたくない。優里ちゃんも一緒なんじゃないの」
「だから気安く呼ばないでよ」
「でも、青木さんだと被るし」
はぁ……、と優里は心底嫌そうに息を吐いた。
「芹那と?」
「そうだね」
「まぁ、仕方ないけど」
不快感を押し殺すように低い声を出した優里。
嫌われたもんだな、と考えてすぐに思い直す。予想もしていなかったけど、真衣香と青木芹那。その両方と関わる人間が存在してしまっていたのだから致し方ない。
***
場所を変えようと言ってやって来たのは駅近くの小さなカフェだった。
外で話している方が人目につくからと思ってのことだった。
「私、特に何もいらないから」と言い残して先に席についた優里。
「わかった」と軽くうなずいてから坪井は、いやいや俺だけ飲んでるわけにもいかないだろう、と。レジでホットコーヒーをふたつ注文した。
もちろん、優里と自分のものだ。