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血肉を分けた自らの兄たちが揃って姉、ラマシュトゥを拒絶する為の唾棄(だき)を目撃したアルテミスは慄(おのの)きを堪え切れ無いようであった。
「えっ、ええっ、姉様、兄様これってどう言う……」
双子の兄、アヴァドンが短く言う。
「黙れ、ルティ…… 黙って見ているんだ、そして学ばねばならない、ここでの生き方を、な……」
ゴクリッ!
緊張を湛えたアルテミスの目の前で、よろよろと立ち上がったラマシュトゥは急激に老け込みながら言ったのである。
「ああ、ここもこれまででございますねぇ…… 今となっては、只々、全てが懐かしい物でございましたぁ…… 然(しか)し、最早ここには私の居場所など…… ふふふ、未練でしょうねぇ? さようなら、全てが懐かしい私の唯一の居場所…… これからは、独りきりで只、コユキ様、善悪様、後は兄弟、そして妹の行く末だけに思いを馳せて、糸でも紡いで日々を送る事としますわ、いいえ、日々を送るしか無いのじゃろうなぁー、ケホケホッ! さようなら…… そしてありがとうございました…… ケホケホッ、ゴフンゴフンッ! ゲホッ、失礼しました…… ケホッ!」
やけに咳込みが多くなったリャマ、いいやアルパカシュトゥがフラフラと覚束(おぼつか)ない足取りで本堂いいや、幸福寺を後にしようとしたが、彼女の背中に声を掛けたのは他ならぬコユキであった。
「ちょっと待ちなさいよアルパカシュトゥ! アンタ何シレっと善悪の大切な十八号のままで出て行こうとしてんのよ! 返して行きなさいよっ! 仮パク禁止の不文律すら知らないの、アンタ?」
「ケホッ、えぇー、で、でも、幸福寺から離れてしまっては依り代無しでは…… どうか、もう暫(しばら)くお貸し頂けないでしょうか、ケホケホ」
なるほど、せめて魔界に戻る迄は依り代が必要、そう言う事だろう。
妥当な願いであろうにコユキは辛辣(しんらつ)だった。
「んなこたぁ知ったこっちゃないわよ、依り代が必要だってんならそこらに落ちてる団栗(どんぐり)でも使えば良いじゃない! コロコロ転がって魔界に帰りゃいいのよ、これから転落の一途を辿るアンタにお似合いだわ、なははは、よっ!」
「……」
俯き気味に固まっていたラマシュトゥであったが、やがて全てを諦めたような表情を浮かべ、フィギュアの全身からピンクのオーラを溢れさせたのであった。
輝きを放ったオーラが収束すると、光の中からピンクの長髪を八方に逆立てた二メートル近い大柄の女性が姿を現した。
人型であったが両手の爪は猛禽のように鋭く伸び、身に一糸も纏わぬ全裸で屹立(きつりつ)しており、服の代わりと言う訳では無いだろうが巨大なピンクの蛇が体に巻き付いて大事な所を隠している様だった。
容貌はアルテミスとはまた違った印象では有ったが美しく、気が強そうに見開かれた大きな瞳は漆黒で塗りつぶしたかの如くマットであり、正に悪魔、深淵の闇の様に目にした者に恐怖を感じさせるに十分たり得る物であった。
巨大な爪で丁寧に包み込んだフィギュアを本堂の床に置きながら彼女は言った。
「お世話になりましたコユキ様、これでお別れでございますが、コユキ様善悪様の望んだ、世界を救済する為に私も陰ながら力を振るい続けて行きますわ、本当は最後の時まで、いいえ、永遠に共に過ごしたかった…… その為ならばどのような事にも耐える事が出来ます、痛みや死すら厭(いと)うものではありませんが、最早、惨めな執着に過ぎませんね、ふっ、未練でしたわ、ごきげんようコユキさ――――」
「本当?」
「へ?」
「どんな事でも厭わないって所よ、本当に?」
不意に問い掛けられたラマシュトゥは、一縷(いちる)の望みに縋(すが)るように答えるのであった。
「も、勿論ですわ! 留まる事をお許し頂けるのでしたらどんな事でも致しますわ! 妊婦殺しだろうが、子供の誘拐でもなんでも――――」
「歯見せて」
「は」
「そう歯よ、歯、見せてよ」
「……」