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「おっはよー皆んな! 今朝も私は遅刻しませんでしたー! さすが葵さん! 超優秀! 今のところ皆勤賞だし!」
葵の朝の挨拶で、教室中の空気を持ち前の明るさで花を咲かせた。葵はそういう人間だ。皆んなを元気付ける存在。それが陽向葵。根暗な僕とは大違いだよ。
しかし、葵さん。キミは大きな勘違いをしている。超優秀だったら赤点ばかり取ったりしないということを。そこんところ、ちゃんと理解しなさい。
で、今日も今日とて、天馬くんは僕を観察するかのように鋭い視線を送って――と、思ったら。見ていない。
この前の視線、あれは僕の勘違いだったのかな? いや、違う。そんなはずはない。葵も気付いてたんだから。
そして、葵の言葉が頭を過る。
『憂くん、気を付けて』
僕はもう一度、後方の席に座る天馬くんを見た。
すると――
不敵であり、不気味もである、そんな笑みを浮かべながらコチラに視線を送っていた。その顔を見た瞬間、正直、僕は背筋がゾッとした。
身の毛がよだつ程に。
彼の笑みが脳裏に焼き付いたまま、僕は強引に視線を逸らした。防衛本能というやつだ。動物としての僕の直観が教えてくれたから。
これ以上、彼と視線を合わせるのは危険だということを。
……と、そんなことを真剣に考えていたら。
「うわっ!!」
「おはようございます、陰地くん」
「た、竹田さんかあ。脅かさないでよ」
天馬くんから視線を外して葵の方に目を向けようとしたら、眼前には竹田さん。相変わらずのニヤニヤ顔で。でも、どうしたんだろ? 最近、武田さんはやけに僕に話しかけてくるようになったけど、それは必ず葵とセットで、という感じだった。なのに今日は一人きりで話しかけてきた。
なんだかすっごく嫌な予感が……。
「うひひっ。いやいや、お安くありませんなあ。早朝から葵ちゃんにピッタリくっかれながらの登校とか」
「え!? み、見てたの?」
はい、嫌な予感が見事に的中。
「見てたよー、じっくりと。木陰に隠れながら」
「こ、木陰でなんだ」
「うん。そこからぜーんぶ見せてもらっちゃった。朝からラブラブな二人の様子を」
まさに油断大敵。
だから言ったじゃん葵! 誰かが見てるかも知れないって! 絶対にこういうことになると思ってたよ!
「に、しても。あそこまでベッタリだったってことは、ついにあんなことやこんなことをしちゃったんでしょ? あー、妄想が止まらない。ヤバっ。鼻血出そう」
「い、いや、竹田さん。もう出てるから、鼻血。はい、これ。ポケットティッシュ」
「あ、どもども」
竹田さん、一体どんな妄想してたのさ……。
「で、どうなのー、陰地くん? お二人の関係は? どこまで進んだ? A? B? C? とりあえずAはもうしちゃってるよねえー。うひひっ」
「え? ううん。Aとかそんなことしてないよ? ねえ、葵?」
葵の顔を確認すると、めちゃくちゃ真っ赤。恥ずかしがるようにして、ちょっと俯きながらモジモジしてるし。
はて? Aってつまりはキスのことだけど、僕達はそんなことしてないじゃん? なんでそこまで顔を赤らめてるんだろう。
「葵? なんか様子が変だけどどうかした?」
「べ、べべ、別に? てか竹ちゃん! 私達そんなことしてないから! くっついてたのは……そ、そう! 猿団子ってやつ! くっついて寒さを凌いでただけなの! それだけだから!」
猿団子って……。葵さあ。嘘付くの下手すぎ。しかも、もうほとんど夏で寒くなんかないし。むしろ暑いし。
「ふーん、そうなんだあ。じゃあじゃあ葵ちゃんは、陰地くんのこと何とも思ってないってことだよね?」
「え? そ、それは……」
「どうしたのかなあ、葵ちゃん? あ、そうだ! じゃあじゃあ、私がこんなことしちゃったら――」
「ちょっ! た、竹田さん!?」
竹田さんは今朝の葵よろしく、僕の腕に抱きつくようにしてピッタリとくっついてきた。
な、何? この急展開とこの状況。
僕は葵の様子が気になったので、チラリと見やる。すると、葵は顔を引き攣らせていた。そして、竹田さんのそれをやめさせようとしたのか、コチラに来ようとする動作を見せた。
が、途中で静止。
それがまるで、自分の本心を押し殺すかのように僕には見えた。
「ん? どうしたのかなあ、陰地くん? 葵ちゃんとも、ただの幼馴染同士だからってくっつき合ってたんだったら、私が同じことをしても別にいいと思うの。葵ちゃんもただの猿団子だって言ってたしねえ。うひひっ」
竹田さんのせいで、葵に対する思考をぶつ切りにさせられてしまった。
と、言うかさ。
「いや、あ、あの……竹田さん。その……あ、アレが……」
「んー? アレって何かなあ? ハッキリ言ってくれないと分からなーい。さあさあ。その『アレ』とやらの名称を言ってくださいな」
「ハッキリ言ってって……。なんか、セクハラオヤジみたいだよ? ただ単に僕にあの単語を口にしてほしいだけでしょ?」
「そうかも。まあ、私は女子だから恥ずかしくて言えないけど。で、どうどう? 私、結構大きいでしょ?」
確かに。制服の上から見ても大きいのは分かってたけど、まさかここまでとは。しかも、めちゃくちゃ柔らかい。なんのこれ?
もしかして、ゲーム的に言うとボーナスステージみたいなやつなのか? ご褒美的な何かなのか? それと、もしかしてこれっておさわりし放題なのか?
って、違う! 僕には葵がいるっていうのに、何を考えてるんだ! とにかく冷静にならなきゃ。とりあえず深呼吸をひとつ。ふたつ。みっつ。ちょっとだけ落ち着いたところで、僕は竹田さんに言葉を返した。
「そ、そうだね。お、おお、大きいね」
「でしょでしょー。陰地くん、ご満足いただけましたかな?」
「えーと……ま、まあ。うん」
とにかく、今は言葉も心も濁しておこう。もし下手なことを口にしたら、後で葵に何をされるか分かったもんじゃない。
でも、何だか不思議だった。今朝、葵にくっつかれた時と違ってさほどドキドキはしていない。今ではすっかり冷静モードに戻ってるし。
確かに僕は竹田さんの柔らかさには驚いた。
でも、心は動かない。
それに気付いた瞬間、僕の中の答えがはっきりした。
僕が求めてるのは、葵の温もりなんだと。
そんな、葵に対する自分の想いを、僕は再確認できた。
「ね、ねえ、竹ちゃん! そ、その辺にしておいてあげて。その、ゆ、憂くんは……」
葵のそれを聞いて、竹田さんは僕からするりと離れていった。
そして――
「あははっ! ごめんごめん、ちょっとやりすぎちゃった。いやー、だって陰地くんってほんと反応が面白いからさ。ちょっとからかってみたくなっちゃてさー」
そう笑ってみせた竹田さんだったけど、その笑顔の奥に、一瞬だけ寂しさの影のようなものが見えた気がした。
僕の気のせいだろうか。
『第12話 竹田さんと葵と』
終わり