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軽くシャワーを浴びてから湯船に入ると、晴子は長い髪をほどいて洗い場に入ってきた。
正面から見るのも、背中を向けて目をそらすのも違う気がして、輝馬は湯船に足を伸ばして座りながら、湯を掬った手で顔を擦った。
晴子が蛇口を捻り、体に湯を浴びる。
「久しぶりね。一緒に入るのなんていつ以来?」
晴子の華やいだ声が湯気で湿った天井に跳ね返る。
「小学生とか、そんなんじゃない?よく覚えてないな」
確かに小さいときは不在の父の代わりに母と一緒に入っていた。
周りの男子はどうだか知らないが、輝馬は母親と小学3年生まで一緒に入っていた。
別に変だと思わなかったし、その風呂にはもちろん紫音や凌空もいて、違和感も何もなかった。
それがいつから一人で入るようになったかは覚えていない。
何かきっかけがあったような気がするのだが――。
「――ずっと嫌がられてるのかと思ったの」
髪の毛を洗い終わった晴子が毛先にトリートメントを塗りながら言った。
「私があの日、あんなことをしたから」
(――あんなこと?)
輝馬はキョトンと母親の顔を見つめた。
彼女はその目を避けるようにまた蛇口を捻り、髪を流した。
そして湯を浴びたまま石鹸を染みこませたボディスポンジで体を撫でていく。
(……なんだ?なんかされたっけ)
幼いころの記憶を探る。
しかし何か湯気のような靄がかかっていて思い出せない。
「……お待たせ」
身体をすべて洗い終えた晴子が湯船の脇に立った。
「あ、じゃあ、交代で……」
輝馬はざばっと湯をわざと溢れさせながら立ち上がった。
その方がまとわりつく晴子の視線も、靄がかかった幼いころの記憶も、洗い流せる気がした。
しかしーーー
「!?」
晴子に手首を掴まれた。
「……背中、流してあげるわ」
晴子は洗い場にある鏡越しに輝馬にそう言った。
「相談したいことがあるんでしょ」
鏡の中で、化粧を落としたはずなのに、もっと派手になったように見える晴子の大きな目と合う。
それはたちまち輝馬の体から上がった湯気で曇り見えなくなってしまった。
◇◇◇◇
「……それって100%、会社が悪いじゃない」
話をあらかた聞き終わった晴子は、眉を潜ませてそう言った。
「雇用形態を会社の都合で変えるには、ちゃんと従業員の合意が必要なのよ」
輝馬を椅子に座らせて、その後ろに膝をついた晴子は、宣言通り輝馬の背中にスポンジを滑らせながら続けた。
「たとえ雇用主であれ一方的に変えちゃいけないの。ちゃんと弁護士の先生に相談すれば、その変更は無効になるはずよ」
合意。
弁護士。
無効。
彼女の唇から出る頼もしい言葉に、八方ふさがりだと思っていた状況に少しずつ光が差してきた。
今でこそ無職だが、結婚前は弁護士事務所に勤めていたということはどうやら本当らしい。
輝馬は頷いた。
「そのオンラインカジノについてだって、契約後14日間であればクーリングオフ制度が適用されるはず。初回の契約は難しいかもしれないけど、今週やった追加契約分に関してはもちろん適用されるはずよ」
70万円でも戻ってくればとりあえず当面の生活は何とかなる。
いよいよ希望が見えてきた。
「それで最後にその首藤さんの件だけど」
晴子はため息をつきながら言った。
「私の方からアポイントを取って、話を付けてくるわ」
さすがに輝馬は振り返った。
「危険だよ。あいつ、根っからの異常者だから……!」
そう言うと晴子は輝馬を見つめた。
「大丈夫よ。彼女に会うのは初めてじゃないもの」
「え……」
「高校を卒業してから、急に彼女、現れなくなったでしょ」
晴子はスポンジを置いて、濡れた自分の髪の毛をかきあげながら言った。
「あのとき、私が弁護士の先生を連れて彼女に会いに行ったの」
「……母さんが?」
「警察に訴えれば、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が課せられるってことも説明したわ。そうしたら案外すんなり謝罪してきたからそれを受け入れたわ。おかげで楽しい大学生活だったでしょ」
思いもよらなかった。
母が輝馬の知らないところで、守ってくれていたなんて。
「……結局俺は」
輝馬はため息をつきながら、鏡越しに晴子を見つめた。
「母さんに守られてるんだな。今も、昔も」
そう言うと、
「ふふ」
彼女は静かに笑い、両手を輝馬の肩に置いた。
「……そうよ。あなたはいつまでたっても、私の大事な息子だもの」
その手が肩を滑りおち、二の腕を撫でる。
そして膝についている肘を触ると、そこから膝に移る。
「…………ッ」
「まだ、こっちは洗ってなかったわね」
晴子の手は、輝馬の股間に滑っていった。
************
夜。
父はいつもいなかった。
晴子と輝馬、そして紫音と凌空が4人で風呂に入るのは、日常だった。
別に変だと思わなかったし、紫音をからかい、凌空と遊びながら入る広い風呂は、それなりに楽しかった。
しかしある日、紫音が友達の家に泊まりに行き、凌空が熱を出して風呂に入れない日があった。
小学3年生。
セックスについて何も知らないどころか、女の子に興味さえなかった輝馬の体を、晴子はいつも使っているスポンジを使わずに手で洗った。
くすぐったさに輝馬が笑いながら身を捩る。
しかし見下ろす母の顔はなぜか笑っておらず、
その形のいい鼻からは、真っ赤な血が唇まで流れ落ちていた。
その顔を見ていよいよ笑う輝馬を椅子に座らせて、母は後ろから両足に手を滑らせた。
くすぐったさに片足を上げると、その股間に晴子の手が伸びてきた。
小さな陰茎を掴んだ手は、ゆっくりと上下し、慈しむように優しく擦った。
「…………?」
そうされているうちに、股間が熱くしびれてきた。
生まれて初めての感覚に、輝馬は驚いて足を閉じようとした。
しかし晴子はその足を掴み、無理やり広げると、その上下運動を続けた。
「…………ッ」
泡でぬるぬると滑る晴子の細い指が輝馬の陰茎を擦り続ける。
……何かが上がってくる。
熱くて痛い何かが。
輝馬は恐怖に腰を上げた。
振り返って母に助けを求めるが、母は輝馬の股間しか見ていなかった。
その形のいい顎から、鼻から垂れている血が滴る。
それが輝馬の肩に落ちた。
赤く染まっていく自分の肩を見ながら、輝馬はその日、初めての射精を経験した。
次の日から、輝馬は一人で風呂に入るようになった。
そしてあの日、晴子からされた行為を再現しながら、何度も何度も洗い場で抜いた。
毎日やっても欲望は枯れなかった。
そしてそれは、晴子にされたように、誰か他人にされたいという欲求に変わっていった。
でも母は嫌だった。
友達も兄弟も絶対に嫌だった。
だから。
あの女にさせた。
毎日毎日、あの女の部屋に入っては、
その行為を繰り返させた。
************
「前は……!!!」
輝馬は晴子を振り返った。
「自分で洗えるから……!!」
そう言うと、彼女は驚いたように手を離した。
「……そうね」
晴子は微笑むと、何でもなかったように湯船に入った。
輝馬は急いで股関を洗うと、シャワーで全身の泡を流した。
「…………」
視線を、感じる。
成長した股間に、晴子の視線を……。
輝馬は軽く髪の毛をかきあげると、その視線に気づかないふりをして、
「ってわけで、ちょっとの間お世話になるからよろしくね」
できるだけ明るいトーンで言い、ドアに手を掛けた。
「……あたり前じゃない」
背中に晴子の声が追いかけてくる。
「ここはあなたの家なんだから」
輝馬は振り返らずに洗い場を出てドアを閉めた。
熱い湯を浴びたはずなのに血の気の引いた体は冷えあがり、ふくらはぎがブルブルと震えていた。