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第三話 魚人空手の名人
青く晴れた海の上、バギーはふらふらと港町を歩いていた。
「ちくしょう……こんな辺境の島にまで、オレ様が来るなんてな……」
彼は最近ついていなかった。シーザーに巻き込まれた騒動から逃げ出し、エネルとも奇妙な出会いを果たしたばかりだが、食料もお金も尽きかけていた。そんなときに限って、港の食堂の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「……腹減った……」
思わずよだれを垂らしながら、ふらつく足取りで路地に入ったその瞬間――。
ドゴッ!
「ぶぎゃあああああっ!?」
何が起きたのかもわからないまま、バギーの体は宙を舞った。まるで見えないハンマーで殴られたような衝撃。壁に激突し、地面を転がる。星が飛ぶような感覚に、彼は涙目で起き上がった。
「いってええええ……誰だ、オレ様に喧嘩売るやつは!?」
辺りを見回すが、そこには誰もいない。
だが次の瞬間、影のようにすばやく人影が飛び込んできた。
「大丈夫ですか!?」
透き通るような声とともに、少女が膝をついてバギーを支えた。
茶色の髪を肩で結び、赤い帽子をかぶった少女――革命軍のコアラだった。
「だ、だれだお前……」
「私はコアラ、通りすがりの者です。あなた、いきなり吹っ飛んできたけど……何があったんですか?」
「オ、オレ様はただ歩いてただけだぞ!? 絶対に何かに殴られたんだ……」
するとコアラは目を細め、周囲を警戒する。
「……魚人空手の達人が、この辺りで暴れているって情報があったんです」
「魚人空手ぇ!?」
バギーの顔が青ざめた。魚人空手と言えば、海で最も恐れられる武術の一つ。見えない水流で殴られたかのように吹っ飛ばされる――さっきの衝撃も、きっとそれだ。
そのとき、路地の奥からドボンと水がはねる音がした。
「見つけたぞォ、人間……」
水路から現れたのは、大柄な魚人の男だった。肌は灰色、腕には太いヒレのような突起。筋肉が隆起し、見るからに強そうだ。
「バギー、後ろに下がって!」
「は、はいぃぃぃ!?」
コアラはすばやく構えを取り、拳を握る。
「あなた、魚人空手の使い手ね……どうしてこの町を襲うの?」
魚人はニヤリと笑った。
「人間どもが魚人の縄張りに港を作った……それだけで十分だ!」
次の瞬間、彼の腕が水を切った。
魚人空手・唐草瓦正拳!
空気を通して水の衝撃波が飛ぶ。コアラはバク転でかわしたが、衝撃波は背後の家を粉砕し、バギーは慌てて頭を抱える。
「ひぃぃぃっ! やめろオレ様に当たるなぁぁ!」
恐怖で腰を抜かすバギーをよそに、コアラは真剣な表情で魚人と対峙する。彼女は革命軍で鍛えられた体術の達人であり、魚人空手も少しかじっていた。
激しい攻防が続く。魚人の拳が空を切るたびに、周囲の水や空気が爆ぜ、建物の壁が砕ける。
一方、コアラは軽やかに跳び回り、懐に飛び込んで蹴りを叩き込むが、魚人の分厚い皮膚は硬い。
「くっ……やっぱり一人じゃ厳しいか……」
そのときだった。壁際で震えていたバギーに、コアラが叫んだ。
「あなた、何かできることはないの!?」
「オ、オレ様に期待するな! オレ様は大海賊だぞぉぉぉ……でもぉぉぉ!」
その瞬間、魚人の目がバギーに向いた。
「大海賊だと? じゃあお前から沈めてやる!」
巨大な拳が振り下ろされる。
「ぎゃああああああああ!」
しかし次の瞬間、バギーの体はバラバラになり、魚人の拳は空を切った。
「な、なんだと!?」
バギーは体を飛ばして魚人の背後に回り込み、靴だけを蹴り飛ばす。
「くらえええええ! オレ様特製、足だけキーーック!」
予想外の攻撃に魚人はよろめいた。
その一瞬の隙を、コアラは見逃さない。
「はぁっ!」
彼女の跳び膝蹴りが魚人の顎を直撃し、巨体が水路に叩き落とされる。
激しい水しぶきのあと、魚人は意識を失って浮かんでいた。
静寂が訪れる。
「……た、助かった……」
バギーはヘロヘロになりながら、コアラの肩にしがみついた。
「オ、オレ様の華麗な作戦勝ちだな……」
「……はいはい、ありがとうバギーさん」
コアラは苦笑しつつも、敵を縄で縛り、革命軍に引き渡す準備をした。
こうして、偶然のような出会いから、バギーはまたも命拾いしたのだった。
彼は港町を離れる前に、こっそりコアラに言った。
「オ、オレ様は大海賊だ……また会ったら、オレ様のクルーにしてやるからな!」
「はいはい、元気でね、大海賊さん」
海風が吹く中、バギーはどこか誇らしげに胸を張った。
――が、財布は空っぽである