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「この世界って本当にどこなんだろうね」

ここに来るの記憶も、私が誰であるかもわからない。

それが異常なことなのか、はたまた日常的なことなのかさえ区別がつかない。

「私は何者なのかな。これから何をしていくのかも、ここにいる理由も。何もかもわからないよ……」


心の中に隠れていた不安が溢れ出てくる。

言葉に出して初めてどれほどのものを抱え込んでいたのか、明確になっていく。

自分が知らないものは、この世界のことだけではないのかもしれない。

「今すぐにわからなくてもいいと思いますよ」

「えっ?」

キリンさんは、私の不安をなでおろすように頭を撫でる。

「今、分からないものも時を経るだけで、届くようになることがありますよ」

「そうなの?」

「はい、そうなんですよ」

キリンさんは、私の前にしゃがみ込む。

私と同じ目線に立つキリンさんは、どこか幼く見えた。

「私だって、貴方と同じくらいの身長だった時があります」

「キリンさんも私みたいに、小さかった時があったんだ?」

「もちろんです。けれど、時間が経るだけで私は、ここまで手が届くようになりました」

キリンさんが立ち上がると、本棚の一番上に手をかける。

その姿は、本物のキリンさんみたいで、首をあげないと顔が見えなかった。

手の先には、さらに重厚感のある本が陳列していた。

「本の並びは読者の成長に合わせてあります。だから、いま無理して手を伸ばして仮に届いたとしても、理解することは難しいでしょう」

私より高い位置に詰められている本は、どれも分厚い壁のように見えた。

「だから、貴方が今探して見つからないものは、待つだけでいつの間にか届くようになっていることがあるんですよ」

「じゃあ、キリンさんのその本は、今の私には読めないってこと?」

「私の丈に合う本を読んでも、その必要性に気づくことは難しいでしょう」

キリンさんは、一冊の本をとって私に見せる。

くるくるの文字が、迷路のようで暗号ばかりだった。

「じゃあ、今は私が何者なのかは知らなくていいってこと?」

「はい。今幸せならそれでいいんですよ。全てを知ることが幸せとは限りませんから」

キリンさんは、花が咲くように笑う。

私は、怪我のことを知ろうとして、キリンさんの笑顔を壊してしまいそうになったことを思い出す。

キリンさんの笑顔が見られれば、それで良かったんだ。

それと同じで、自分のことを今知ろうとすれば、自分を傷つけかねない。

そのことをキリンさんは伝えたかったんだと思う。

満面な笑顔の前に、好奇心は消え、私もつられて笑顔になる。

「これがいま幸せってことだよね!」

キリンさんと笑い合う。

それだけで今は、今は良いような気がした。

「そうかもしれませんね」

それから、キリンさんと好きな本の話をしたり、私が読み聞かせをしたりしていた。

その途中で私が睡魔に負けてしまったようだ。

やけに静かになった辺りを見渡す。

キリンさんの姿がどこにもないことに気が付く。

「キリンさん?」

帰ってくる声はない。

眠気で開かないまぶたを擦る。

いつもの定位置に、キリンさんはいなかった。

窓から夜の風が入っていた。

誘われる様に、月明かりで透けるカーテンの傍に近寄ると、夜風が頬を撫でる。

窓の外には、広大な花が咲き乱れているばかりで、人の姿はない。

和足はいつもキリンさんが座っている事務机へと駆け寄る。

もしかすれば、書置きがあるかもしれない。

卓上を見ると、大量の資料が埋め尽くしていた。

風で乱れ、無造作に広がる紙の一枚を手に取った。

謎の記号や相変わらずのくるくる文字が、一直線に隙間なく書かれている。

「読めそうにないや」

他には、厚く積み重なった本のタワーが建っている。

どれも年季の古そうなものばかり。

椅子の上に乗り、試しに一番上のものをとってみる。

キリンさんがどんな内容の本を読んでいるのか、気になったから。

持ち上げてみると、一冊なのに重すぎて落としそうになった。

「これは無理」

持ったことを後悔したが、再びタワーの頂上に戻す力もない。

一度机の上に置こう。

本の重さに引っ張られる形で、置く。

「キリンさん、いつもこんなの読んでるの……」

あの細腕のどこにそんな力があるのだろう。

本を適当に開いてみる。

中には窮屈そうに詰められた文字があった。

文字ばかりで退屈そうだ。

他のページに、何か面白そうなものはないかな?

挿絵とかでも見つけられれば、今の私でも読めるかもしれない。

ぺらぺらと軽快にめくっていると、突然、顔写真が出てきた。

「えっ、この人……」

顔写真には見覚えのある人物が写っていた。

「キリンさん……」

唐突に現れた写真の中のキリンさんは、目を閉じている。

安らかに眠っているみたいだ。

途端、写真の傍にあった文字が蛇のように動き出す。

ページの隅にまるで生きているかのように、文字が集まる。

ページの中心が空白になり、異様な空間できるとそこへ、文字が浮かび上がってきた。

「彼はこの世界の救世主である」

それは、私にも読める文字だった。

「だが、世界の創造主はお前を許さないだろう」

次から次へと本が一人語りのように、言葉を紡いでいく。

全く意味が分からない。

そんな私にか構うことなく、文字は続いていく。

「彼女は最後の来訪者。彼女を救うことがお前の望みである」

来訪者って何だろう。

それに彼女とは?

キリンさんの写真が目に入る。

キリンさんに関係あることなのかな。

本は、文字のすぐ横に新たな人の顔を浮かべる、

その顔には、見覚えがあった。

すぐさま、ポケットから取り出し、それを照らし合わせる。

「この女の人のことだよね…?」

ロイからもらったカードで眠る女性。

本に浮かぶ女性と瓜二つだ。

「この人が、来訪者ってことかな?」

この女の人がキリンさんと何か関わりがあるように思えた。

再び空白に目を戻すと、言葉が続いていた。

「彼は、これから一番、葛藤することになるだろう」

本が言う彼とは、誰のことだろう。

同じページ内にいるキリンさんの写真が、やたら目につく。

「己の欲望と彼女の幸せ。その女を救うことが、本当の望みとなるだろう」

望み?欲望?

難しい言葉に理解が追い付かない。

でも、どこか読んだことのある物語と似ている気がした。

けれど、その話とは違う、彼女や女という言葉。

なんだかその言葉を聞くと、胸に重い感じがする。

これは、本のせいだろうか。

「そして、彼は隠している」

その瞬間、キリンさんの悲しい顔が脳内に浮かぶ。

なぜか、私の中でそれが焼き付いていた。

私と出会った時の、勉強している理由を尋ねた瞬間の。

絵本が好きな理由を尋ねた時も、ロイに刺されたかどうかを確認するときも。

度々見せる悲しい顔。

何かしたわけでもないはずなのに、問うだけで見せるあの顔。

本の言う彼が、キリンさんだとするならば、その理由がここには書かれているかもしれない!

ゆっくりと文字が消え、次の文字が姿を現す。

時間が止まったかのように、本を見つめていた。

「怪……」

途端、目の前が真っ黒になる。

けれど、恐怖だとは思わなかった。

暗闇から手の温かなぬくもりが伝わってきていたからだ。

「ダメですよ、勝手に見ては」

背後から聞き馴染んだ優しい声が降ってくる。

「キリンさん!」

そっと手の暗闇が解かれる。

振り返ると、いつもの笑顔があった。

「さて、この本は回収させてもらいますからね」

「あぁ!」

いつの間にかキリンさんの手には、さっきの分厚い本が収まっている。

やっぱり、軽々と持っていた。

「どうして、私の本を見ていたんですか?」

キリンさんは、手に取った本を確認する。

「その本は、キリンさんの日記なの?」

「えっ?」

キリンさんは、驚いた表情をしていた。

どうして読めたのですか。とでも言いたげな様子で。

「その本にキリンさんの写真があったよ?内容は、よくわからなかったけど」

「そうですか……見てしまったのですね」

本に視線を落とすキリンさんは、どこか悲しそうだった。

その姿に罪悪感を抱きつつも、私の中で思うことがあった。

また、そんな顔をするのだと。

「どうして、そんな顔をするの?」

心の中で思っていたことがいつの間にか口から出ていた。

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