コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
アークと初めて出会ったのは、人身売買の会場ではない。偶然出会っただけであり、久しぶりに見た時は仮面越しに目を見開いてしまった。あの時よりさらに美しくなっていて、思わず息を呑む。
今から八年前。ネテルが十六歳の時。久しぶりに母ジュエットと喧嘩した。六歳の時以来だ。
兄レインと違って母とは仲が良く、たわいのない話をしたり外へ遊びに出かけたり。至って普通の親子として接していた。
喧嘩になったきっかけは、兄の過ちをネテルがしたことにされて、あるはずもない疑いをかけられたことから始まった。
兄と二人で剣を使って遊んでいたら兄が机にぶつかり、1000万円ほどする高級黄金ティアラを落として壊してしまう。
様子を見るためにやって来た母は激怒。兄が「ネテルが壊したよ」と自分の行なった罪をなすりつけて来て、コミュ障のネテルは反論できず無言を貫いた。
当然母に叱られてしまい、何度も責められる。それに苛立ちを覚え兄がやったことを話したが信じてもらえず、意見のすれ違いにより喧嘩に発展した。
「貴方が壊したんでしょ!正直に言いなさい!」
「違うって、俺じゃない!信じてくれない母さんなんか大嫌いだ!!もう知らない!」
ネテルは頭に血が上り、泣きながら反論。しかし母が全然信じてくれないことに怒りを感じて、家を出てしまう。メイドや使用人が止めようとしたが、それを振り払い城下町の道路をひたすら走った。
季節は夏であり、ジメジメと湿っぽい。暑くて走れば走るほど汗が垂れてくる。そんな状況では喉が渇いてしまい、うつ伏せの格好で倒れてしまった。起き上がる気力も出ない。
しかも全く知らない城下町。庶民が住んでいる場所で、貴族のネテルからすれば縁のない場所。両親にこっぴどく行くなと言われていて、足を踏み入れたことも皆無だ。
色々な意味で絶望的な気持ちに陥っていたら、誰かに声をかけられた。そいつの手には水の入ったコップがある。その水を口に入れられた。喉が少し潤ってマシになる。王都で飲む水より美味かった。
「ありがとう。助かったわ」
体を起こして視線を向けると、そこには白い髪に青くて透き通ったクリクリした瞳の少年が近くに座っている。服は無地の茶色い半ズボンと白い半袖シャツを着ていた。庶民らしい、とても惨めな格好だ。
日光が髪に当たって神々しく輝き、ネテルはその美しさに胸を打たれた。言葉に詰まってしまう。
「たいへんだったね、おにいさん」
「あ、ああ……」
高くてふわふわした声を聞き、立ち上がって少年の方を眺める。彼は天使のような微笑みを浮かべていた。ネテルはそれを見て、可愛いと思ってしまう。鼓動が高まり、視線を逸らす。
少年は彼の両手を握りしめ、目を輝かせて好奇心旺盛に質問してくる。なんだか恥ずかしい。
「ねえねえ、おにいさん!おなまえは?」
「ネ……ネテル」
「ネテルっていうんだ!ボクはアーク。よろしくね」
「よ、よろしく……」
「どこからきたの?」
「お、王都だよ……」
「おうと!?すごいところからきてるんだ!ネテルのふく、カッコいいね!」
「あ、ありがとう……」
照れてしまい、うまく話せなかった。けれど、アークと話していたら気持ちが和らいだ気がする。母親との喧嘩がどうでも良くなって来た。
今の気持ちを彼にぶつけてみる。
「じ、実は母親と喧嘩しちゃったんだ。誤解を解きたくて」
「だいじょうぶだよ。ネテルならできるよ!」
「そ、そうかな……」
「うん!それにこんなところにいるとアツいからね。ボクのいえにくる?」
「ま、真面目で優しいんだな……。こんな王都から来た貴族に、優しくするなんて」
「だってこまってるひとはたすけないと!」
そう言って微笑む顔が印象的だった。まるで天使そのもの。彼のことがたくさん知りたくなってしまう。どんな生活をして、どんな食事をしているのか。彼の口から聞きたかった。
他人に関心を持つのは初めてのことだ。
アークに連れられて彼の家の近くまで行く途中、彼の母親らしい白くて長い髪の碧目の女がやって来た。慌てた様子でネテルを見る。最敬礼をしてきた。
「わ、私の息子のアークが大変お世話になりました」
「いえいえ、そんなこと……」
「ダグラス卿、お許しください。ほら、お辞儀しなさい」
アークにお辞儀をさせる母親。それを見て、自分が貴族のしかも皇子だったことを思い出す。服にはライオンの家紋のペンダントがあり、それを見て気づいたのだろう。身分の違いを思い出させた。
でもそんなのは関係ない。彼のことがもっと知りたかった。それは罪なのだろうか。
ネテルは二人の背中をずっと見つめていた。もう二度と会えないような予感がして、背中が震えてきてしまう。もう二度と会えないかもな……。
彼も仕方なく踵を翻して、歩みを進める。それからはアークについてずっと考えていた。
当然城下町へ行ってしまったことに関してひどく叱られ、両親からお仕置きされる。その後、永遠に外出させてもらえなかった。
一人家に閉じ籠り、部屋でひたすら本を読んだり勉強したりした。とても退屈な時間が過ぎ、なんの刺激もない日常が続く。