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曇った日の美術の授業にて。 アタシは柔らかい鉛筆を手に取り、キャンバスにちまちまと線を引いていた。正確には、絵を描いている。
校外学習、なんて言ったら大袈裟だろうか。とにかく学校近くの大きな公園に連れて来られて、「なんでもいいから絵を三枚描け」と言われた。そんなこんなで、子供たちの場所である筈の公園に、制服姿の学生が集っている状態である。
「なーいーまっ」
「うわっ……って、お前かよ」
突然、メリーが背後からひょっこりと現れた。
彼女はニシシと笑いながら、当然のようにアタシの隣にしゃがみ込む。
「何描いてんの?」
「紫陽花。見りゃわかるでしょ」
アタシが描いているのは、公園の隅にひっそり咲いた紫陽花。瑞々しい葉っぱや淡い水色の花弁を、黒い鉛筆で描いている。
といっても、アタシは美術の才能はからっきしで、蛾が集まったような不格好な絵になってるけど。
「なるほど」
メリーはアタシと紫陽花、そしてアタシの絵を見て、ニッコリと頷いた。どこに相槌を打つ要素があったのか知らないが、アタシはキャンバスに視線を戻した。
「ここは人いなくていいねー」
「皆入り口のとこのパンジーとか描いてるんだろ。あと遊具」
「鉄棒とか、描くの楽そうだしねー。スペース広いし」
キャンバスを開くメリーと、そんな会話をぼつぼつ続ける。
「まあそのうちしたら、こっちにも来るだろうし……早めに描いちゃお」
メリーはさらさらと筆を走らせる。その手は早く、放っておいたらすぐに完成しそうな勢いだった。
「あとで何描こうかなー」
「鉄棒でいいんじゃねえの」
「定規忘れたんだよ」
「あー、んじゃ無理だな」
大した中身のない会話を繰り広げて絵を描き進めていた。
ふとメリーが手を伸ばし、紫陽花の花にちょんと触れた。小麦色の指先に水滴が付く。
「なぁ、知ってる? 紫陽花のこれって花じゃないらしい」
「……え、そうなの?」
メリーは水色の花──じゃないらしいそれを、指先でそっと撫でる。綺麗に四つ並んでいるから、てっきり花だと思って生きてきたのだけど。
「この部分は飾りなんだとさ。本当の花はこっち」
そう言ってメリーは、花モドキに囲まれたツブツブしたものを指差した。アタシが花弁だと思っていた部分は装飾花というそうで、名前の通り飾りらしい。
「なんか地質で色が変わるってのは知ってたけど、これは最近知ったんだ」
「へー……そうなんだ」
彼女の文言を確かめるように、アタシは花に顔を近付けた。
白や水色の細かい粒が実を寄せ合っている。細かい実が成っていると思っていたのだが、どうやらこれは蕾らしい。よく見ると確かに、小さい花みたいなものがこぢんまりと開いていた。
「ドムが……後輩の子が教えてくれたんだよネ」
手を引っ込めるメリーを視線で追ったら、ばっちりと視線がぶつかった。
長い睫毛に囲まれた目がこっちを見ている。閉月羞花の如く微笑まれて、頭がちょっと熱くなった。
「アハハッ。どうしたの、優等生さん」
「…………なんでもねーよ」
「そうですか」
メリーは勝ち誇ったように、手元で鉛筆を回す。
彼女にピントを合わせると、回りの紫陽花は背景の如くぼやけてしまった。
「はー…………」
物言う花のようなメリーの空色の髪が、私の脳を侵していった。