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『ただいま』「おかえり、良規くん。」
その日、美咲はエプロン姿で迎えてくれた。
リビングには湯気を立てるシチューの香り、2人用のテーブル、そして……窓には厚い遮光カーテン。
–––––『ああ、本当に“俺たちだけの世界”だ』––––-
良規は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
愛されている、と思った。
けれど、その愛は……
日ごとに、”重さ”と”制約”を増していった。
最初は些細なことだった。
「今日は帰り、遅かったね。どうしたの?」
『会社でちょっと……飲みに誘われて……』
「……私以外と飲むの?」
美咲の声が冷たかった……。
その瞳の奥に、淡い怒りと寂しさが混じっている。
『ごめん。もう断るようにする』
「うん、お願いね」
彼女は笑った。
けれど、目は笑っていなかった。
次に、スマホだった。
「ロック、解除していい? なんか不安で……」
『えっ……?まぁ、いいけど……。』
「ありがとう、大好き」
翌日には、美咲の指紋が登録されていた。
連絡先、SNS、メッセージ履歴……
すべてを見られることが“当然”になった。
–––––『これが、彼女なりの信頼の形なんだ』––––-
そう思っていた。
……最初は。
そして、合鍵。
「ねえ、鍵……一個しか持ってないんだ。だから返して?」
『えっ?』
「私が開けるから。外出は、私と一緒のときだけでいいよね?」
『……うん』
本当にそれでいいのか、良規は少しだけ考えた。
けれど、心のどこかで”これが愛なんだ”と信じたかった。
自分を必要としてくれている……
だから、自分も全てを捧げるべきだ、と。
日常は、徐々に変質していった。
冷蔵庫の中は美咲が管理し、洗濯機も、風呂の時間も、テレビのチャンネルも……
「全部、私が決めるね」
それが彼女の口癖になっていた。
最初は愛しかったその言葉が、ある日を境に、檻の鍵の音に聞こえた。
ある晩、良規がベランダに出ようとしたときのことだった。
「……どこ行くの?」
美咲の声が、すぐ背後から飛んだ。
『いや……ちょっと風にあたりたくて……』
「だめだよ、外に出たら」
『部屋の中だけじゃ……息が詰まるよ……』
「……じゃあ、窓だけ開けて。出ないで」
『でも……』
「嫌なの。外の空気なんて吸わないで。」
その声が、はっきりと“命令”になった。
良規は、その場で黙り込んだ。
そして、美咲はそっと微笑んで、こう言った。
「私だけ吸ってればいいの。ね?」
日々は、静かに壊れていった。
スマホの通知は、美咲のものしか鳴らない。
仕事はリモートに変えられ、外出は完全に制限され……
そしてある日、良規は「首輪」を渡された。
「これ、してみて」
『……なにこれ?』
「GPS付きの首輪。かわいいでしょ?」
『冗談だろ……?』
「冗談でこんなにお金かけないよ。お願い、つけて? 良規くんがどこにいても、安心したいの……。」
良規は震える手で、それを受け取った。
もう、何が正しいのかわからなかった。
ただ、彼女を裏切りたくなかった。
それだけだった。
数日後、美咲はこう言った。
「ねえ、お願いがあるの。少しだけ、地下の部屋に入ってくれない?」
『……なんで?』
「ちょっとだけでいいの。ドアも開けられるし、鍵も渡すし……」
『監禁ってこと?』
「違うよ、“確かめたい”の。良規くんが、私を本当に信じてるかどうか」
良規は、ゆっくりと頷いた。
「……分かったよ」
鍵を受け取り、階段を降りる。
ひんやりとした空気と、鉄の扉。
中に入った瞬間、美咲が微笑んだ。
「ありがとう、大好き。でも、その鍵……私が預かっておくね」
バタン、とドアが閉まり、ガチャリ、と外から鍵がかかる音。
『美咲さん……?』
「すぐ戻るから。ちょっとだけ、だから」
足音が遠ざかっていく。
良規は、小さく笑った。
––––––––-–『……ああ、やっとだ』––––––––––
やっと、本当の檻に入れた。
やっと、彼女に“完全に愛された”。
狂った満足感が、胸を満たしていた。
そして、美咲の部屋にはこう書かれた日記が残っていた。
「彼を閉じ込められた日。これでやっと、私だけのモノになった。誰にも渡さない。だって彼は、最初から私のモノだったから。」