ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。セレスティンにお願いがあると真剣な顔をされてしまいました。一体何をお願いされるのか、ちょっとドキドキしますね。
「構いません、話してください」
「はっ、それでは申し上げます。このままの調子で拡大していけば、建設中の町は相応の規模となりましょう。となれば、皆が誇れるよう名を付けるのが良いかと愚考する次第にございます」
「名前、ですか」
確かに考えていませんでしたね。町には名前が必要……ふむ。
「安直に、十七番街では?」
「お嬢様がそれでよろしければその様に取り計らいますが」
「いえ、今のは戯れ言です。忘れてください」
せっかく皆で作っている町なんです。そしてそれは私達『暁』の本拠地でもある。安直な名前は悲しい。
「セレスティンはどんな名前を考えますか?」
「畏れながら、こればかりはお嬢様に決めて頂かねばなりません」
「それは、私が『暁』の代表だからですか?」
「左様にございます」
セレスティンは恭しく礼をしました。
「分かりました、明日の会議までに考えておきます。その代わり、変な名前だったら反対してくださいよ。皆の名前なんですから」
「御意のままに」
ふむ、名前ですか。何気に重大な仕事を任されたような気分です。皆に恥ずかしくないように、ちゃんと考えないといけませんね。
セレスティンと別れた私は、ダンジョンの入り口へと辿り着きました。そこでは今回『ライデン社』から提供されたドラム缶に石油を次々と充填していく作業が行われていました。
ダンジョン内部にある石油の泉から導管を繋げて、後は井戸と同じ要領で汲み上げるだけの簡単な作業です。このドラム缶もドワーフチームが量産に取り掛かっています。人員が足りませんね、もっと増やさないと。
「あっ、お嬢様。ダンジョンにご用ですか?」
作業を監督していたのは、エーリカでした。彼女には白光騎士団団員と言う立場がありますが、はっきり言って私の私兵です。
普段は被服担当ではありますが、あちこちの手伝いもしてくれています。器用なので何でも任せられるんですよね。
「そうです。エーリカ、身体の調子はどうですか?」
「お陰さまで、調子も良くなりました」
この一ヶ月、負傷したこともありましたが療養の成果が出て、御肌も綺麗になって、痩せていた身体も程よく肉付きが良くなってます。ついでにお胸も。ふぁっく。
「それは良かった。もう二度とあんな無茶をしないでくださいね。施設は壊されても直せます。でも死人を治す術を私は知らないのですから」
エーリカのお陰で農園は無事でしたが、私にとって彼女が大怪我をした方が重要なのです。
「勿体無いお言葉です、お嬢様。ほどほどに頑張りますね」
エーリカと別れた私はダンジョン内部に入り、マスターと対面を果たします。
『戻ったか、勇気ある少女よ』
「ただいま戻りました、マスター。帝都への道中面白い発見がありました」
私は勇者に関する情報をマスターに提供しました。
『左様か、実に空しいものだ。人間のため魔王様に挑み、見事に討ち果たした勇者の末路とは思えぬ。人間とはいつの世も愚かだ』
「せめてもの贖罪として、『大樹』に埋葬しようかと思っています。あのような場所は、勇者様も寂しいはず」
『そなたには珍しく、感情的な理由だ』
「何故かは分かりませんが、運命のようなものを感じました。彼も意地悪な世界に翻弄された存在なのですから、同情しているのかもしれません」
『運命か……左様だな。そなたは勇者と全く同じ力を持っている。それが両者を引き合わせたのやも知れんな』
「この力は、自然に発生するものなのですか?」
『否である。それは女神の祝福によって授けられるもの』
「女神様の祝福ですか。だとしたら、私も勇者様も女神様に中指を立てねばなりませんね」
『その認識は正しい。女神は祝福を与える代わりに、大いなる試練も与える。そなたら当事者からすれば、まさに余計な世話であろうな』
「全く以てその通りです。現に勇者様は報われておらず、私は全てを失いました。今の生活は気に入っていますが、だからと言って以前の生活が嫌とは思いませんから」
伯爵令嬢としての生活は、多分今に比べれば退屈だったでしょう。
伯爵家のために良い縁談を結んで、貴族としての生涯を送る。
……例え退屈でも、大切な家族が居るなら私はそちらを選びますよ。今となっては考えるのも無駄なことですが。
『女神とはその様な存在である。必要な時に、人間に祝福を与える。おそらくそなたが選ばれたのも、気紛れであろう』
「マスター、それではこの力を授ける相手は気紛れとしても意味があると?」
『今の世界にその力が必要であると判断したのであろうな』
「悪い推測をするなら、例えば魔王の復活とか?」
『否定は出来ぬ。魔王様もまたあらゆる因果を超越した存在であった故に』
それは嫌なことを聞きましたね。
「その場合、私が倒さないといけないのですか?」
『そなたの意思に関係無く、その力が双方を惹き付けることになる』
ふぁっく。あっ、でも。
「マスター、魔王とは必ず倒さなければ成らない存在なのですか?」
『我等からすれば、その様なことはない。千年前とて、最初に手を出したのは人間だ。我は偽りなく話している』
「もちろん信じています。マスターは知識に関して偽らない」
『うむ』
「では……もし魔王が現れたとして、私とマスターのような関係に成れるでしょうか?」
『そなたは、魔王様が相手だろうと対話を試みると?』
「だって、魔王ですよ?私の知らないことをたくさん知っているはず。とっても興味深いじゃないですか」
『……やはりそなたは規格外だな。そなたの知的好奇心、探求心、そして恐れを知らぬ胆力は人間離れしておる。魔女のそれだ』
「生憎人間です。そして人間は理解できないものを恐れます。ですが、怖いならば知れば良いのです。そして魔王には知性がある。それなら、対話が成り立ちます」
理解し合えない存在なら仕方ありませんが、最初から否定していてはなにも始まりませんからね。
『ふむ……魔王様は理性的なお方だ。或いは、そなたに関心を向けるかもしれぬ。その際は、我からも口添えをしよう』
「ありがとうございます」
『構わぬ。その場合どの様な結末となるか我も興味がある。あわよくば、傲慢な神の狙いを挫くことも出来よう』
「それは大変興味深いですね。その時が来ないことを願いますが、もし来るならばそれはそれで楽しみが増えます」
勇者の力、女神の意思。どちらにせよ私にとっては意地悪なことばかり。女神様が試練とやらを課すのなら、その思惑通りにやってやるつもりもありませんからね。
だって、その試練とやらで私は全てを失ったのかもしれないんだから。
……だとするなら、女神も敵ですね。