雪緒が中に入るとドアは自動でロックされた。
冷たく白い照明が入室を感知して点灯する。
高見がキャスターのついた椅子に腰かけ、もう一つを雪緒に勧めた。
雪緒は立ったまま背もたれに手をかけ、
「すみません、そんなに時間は……」
「午後まで打合せ入ってないじゃん。ちょっとゆっくりしようよ」
全社員の予定を社内に詳らかにするのもどうかと常々思っている。言い逃れができないではないか。
渋々椅子に座った。
「めちゃめちゃ、夜景が綺麗な部屋だったよ。残念」
高見が足を組んで、軽い口調で言う。
雪緒は膝に置いた手を見下ろし、
「あの、よろしければ料金は私に負担させていただければ……」
「金なんかどうでもいいよ。わかってるだろ?」
はじめて、高見の口調に微かな苛立ちが混じった。
――珍しい。ミスター穏便が。
「どれだけ口説いても口説けなかった鉄の女が初めて折れたところに、あんなに都合よく別れたはずの旦那が現れるって、まさか仕込みじゃないよな?」
「……すみません、覚えてなくて……」
「その嘘ももういいから。清水がどれだけ飲んでも記憶飛ばない仕様なのは知ってる」
ですよね。バレてるとは思ってました。
「私がそこまでして、高見さんを陥れるほど恨まれる覚えがありますか?」
「ないから聞いてんの」
「仕込んでません。誓って」
「だよな。俺、常に女性には優しいし。親切だし」
女性なら誰にでも、という点で恨まれる恐れがあるということは、わかっているのかいないのか。
「で、あれ、本当に旦那だったの? 名乗ったよな、夫ですって」
その後のやり取りが思い出され、ダメージが繰り返される。
ひとまずその痛みをやり過ごし、ぼそりと答える。
「……弟でした。夫の」
「……え!? そういうこと?」
高見は一人、納得したように頷き、
「あー、兄が捨てられて傷心なのに、義理の姉が飛びっきりのイケメンとラブラブだったから腹いせ、ってことか」
黙って俯く雪緒に、おい、と声をかけ、
「突っ込むところだぞ、清水」
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