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私は、今の自分の心臓が、何をしても止まらないことを知っていました。
知っていたはずなのですが、その男性の姿を見た時、本当に止まってしまうかと思いました。
「すみません……雨が降ってきまして……よろしければ、雨宿りさせていただいても良いでしょうか?」
「あ……は、はい……どうぞ……」
驚くことに、その男性の声も、オリバーの……聞いているだけでほっかりと気持ちが温かくなるようなテノールだったからです。
その男性は、狩人なのか、猟銃を持っておりました。
そして、彼が身につけている服には血痕がついておりました。
「怪我をなさったのですか?」
私は尋ねました。
「え?」
男性は、最初戸惑いの表情を見せましたが、身につけている服が血に染まっていることに彼自身が気づいたのか
「あ、ああ!先ほど街を襲う獣を倒しまして」
この近くにある街と言えば、私がシャリーを託した街、ただ1つだけ。
だから、彼の口から街、という言葉を聞いただけで、シャリーに対する罪悪感で胸が苦しくなりました。
(シャリーは、元気にしているのかしら)
そんなことをふと考えてしまった時、急に悲しくなって涙が止まらなくなりました。
「ど、どうしました?」
男性が狼狽えてるのが、声でわかりました。
「なんでもないんです……」
「なんでもないはず、ないでしょう?」
「本当に、大丈夫ですから……」
「いいえ、大丈夫じゃないでしょう。僕が何かひどいことを言ってしまいましたか?」
(この人も、一人称が僕なのね……)
オリバーが生まれ変わって、また私の目の前に現れたのではないか。
その男性の仕草1つ1つが、オリバーを思い出させるので、そんな風に私は夢を見てしまいました。
「ちょっと……死んだ夫のことを思い出しまして」
死んだ夫。
この言葉を使ったのは、オリバーがいなくなってから初めてでした。
初めてで……自分で言ってて、涙が止まらなくなりました。
立っているのが、苦しくなりました。
「ごめんなさい……ごめんなさい……初対面の方にこんな姿を見せたくはなかったのに……」
私は、ただ雨風を凌ぎたかっただけの予期せぬ客人の前で、こんなにも泣いてしまう自分が恥ずかしくなりました。
それでも、この涙を止める方法が分からず、混乱しておりました。
そんな時でした。
温かい、人肌を感じました。
その瞬間、ぴたりと、私の涙が止まりました。
「すみません……僕の母も……昔……僕が泣いている時にこうしてくれたので……」
オリバーによく似た男性が、オリバーによく似た声でそう言いながら、私をそっと抱きしめてくれていたのでした。