礼拝堂から離れ、月明かりに照らされた森の道を歩く。魔王が先頭を歩き、その後ろにマーヤと勇者が横並びになっている。マーヤは未だ杖を手放さない。魔王が何かしようものなら、すぐにでも反応できるようにだ。
「……そういえば、決戦はどちらが勝ったんですか」
「魔王だよ」「勇者だ」
「「ん?」」
「え……どっちですか」
「魔王に言いくるめられたから僕の負けだよ」
「貴様が我の隙をついた。勇者の勝ちだ」
「え、戦ったんじゃないんですか?正面から」
「ううん。不意打ちした。こんなに強い人、真正面からじゃ勝ち目ないよ」
「何を言う。貴様こそ気配を消せてあれほど素早く動けるのだから、あのままならば我に勝機はなかった」
「……つまりちゃんとした勝負はしてないんですね」
「……そうかも」
「あれほどの身のこなしだ。いつか真正面からの手合わせも願いたいものだ」
「やだ。僕戦うの好きじゃないから」
「勇者としてあるまじき発言だな」
「平和主義なんだよ。勇者らしいでしょ」
「それもそうか」
クククと魔王が笑う。思っていたよりも魔王が穏やかで驚きを隠せないマーヤは、もっと観察しようと少しだけ魔王に近づいた。
「そうだ。何故貴様は決戦に参加しなかったのだ?魔法使いよ」
「それは、勇者様が一対一で戦いたいっておっしゃったからです!それと、魔王軍の援軍が来た際に、魔王側に加勢させないためでもあります!応援が来たらすぐわかるように外を見張っていました」
「なるほどな。援軍か……まあ、呼ぶに呼べんがな」
「……どうして?」
「今日の仕事を途中で放棄してここへ来たからだ。まだバレてはいないと思うんだが……帰るまで保つかどうか」
「魔王のくせに責任感がないんだね」
「勇者様。魔王をあまり煽らないでください。逆上してきたらどうするんですか」
「聞こえているが?」
セリフとは裏腹に魔王は楽しそうだ。勇者とその仲間と一緒に歩くのがそんなに楽しいのだろうか。
「そういえば勇者よ。魔法使いの他に仲間はいないのか」
「他に?いないよ。ここまでずっと2人で来た」
「そうか。珍しいな二人きりのパーティとは」
「僕たち以外の勇者パーティを知ってるの?」
「そうだな。勇者は各国に存在しているはずだ。貴様らの他には、海人国や帝人国の勇者が何度か我を討伐しに来たことがある。それらの勇者は最低四人の仲間を連れていたが、勇者にも国風があるらしいな」
「そっか。大人数も楽しそうだね」
「貴様らの出身は……帝人国か?」
「……うん。そうだよ」
僅かにテンションが下がった勇者を感じ取り、勇者のいる後ろを振り返ろうとして、辞めた。代わりに魔王は聞くことにした。
「どうした。母国の話はしたくないか」
「……あんた達、魔族は帝人国が嫌いでしょ?」
「……」
勇者は気を遣ってくれようとしているらしい。口ぶりからして、魔界と帝人国の歴史も知っているのだろう。勉強熱心なことだ。もう六百年も前のことだというのに。魔王が関心して黙っているのを、気に障ったと勘違いした勇者とマーヤも黙り込む。
「……勇者よ、貴様は母国が嫌いか?」
「ん、いや、違う。……たぶん」
勇者の返答に静かに俯くマーヤがいた。たぶん、と答えさせてしまうほどに勇者を追い詰めたのは、環境なのだと。そして勇者の限界に気づけなかった当時の自分に嫌気が差したマーヤは、爪を手のひらに食い込ませた。
「また多分か、困った奴だ」
「悪かったな、困った奴で」
そんなマーヤの隣では、魔王が怒っているわけではないのだとわかって、少しホッとしている勇者が歩いていた。ここで会話が途切れる。間が保たないことにそわそわするマーヤは、何か話題を振ろうと思うが何も思いつかない。そんな時、マーヤの気も知らない勇者が気軽に魔王に話しかけた。勇者はもう、魔王への警戒を解いている。この距離感が勇者の短所であり、長所だった。
「ねぇ、あんたって悪い人?」
「勇者様、魔王ですよ?魔族の王!悪い奴に決まってます!」
「あまり本人の前で言うことではないぞ」
「悪い奴に遠慮なんてしたくありません」
「ふん。好きにしろ。勇者よ、その質問は我が答えるものではない。己で考え、答えを出せ」
「じゃあ良い人だ」
間髪入れず答えた勇者に、フッと笑う魔王。横でマーヤが信じられないと言いたげな顔で勇者を見ていた。私は油断しませんからね、とキッとした目で魔王の後ろ姿を睨む。その敵意も、魔王にとっては慣れたものだ。
まだまだ聞きたいことがある勇者だったが、今聞こうとは思わなかった。それよりも今は、目に映る景色を焼き付けておこうと思った。高い位置にある月とその光で作られる道。その道を歩いて城へ向かう魔王と、体格差故に少し早歩きをして後ろを歩く勇者と魔法使い。初戦闘からの帰路なんて、もう一生経験できないことだ。それにもうこの魔王とは戦いたいと思えない気がしていた。
母国から逃げ出して約一年。勇者はまだ、魔王に会いに来たことに後悔していないかった。