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15分歩いたあたりだったか。周りの森しか見えなかった道が開け、見渡しの良い丘に到着した。途端に目に飛び込んでくる夜景。点々と、ほのかな光が咲いていた。村、と言うには大きすぎる。大都市、と言うには静かすぎる。しかし確かに人の気配が集まった街が遠くに見えた。
「あれが魔の国?」
「思っていたよりも小さいですね」
「ああ。我の収める魔族の国。その中心部だ」
「……あれ、は」
「……なんでしょう、……崖?」
勇者とマーヤが気になったのは、街の形だった。勿論今は夜のため、正確な形は見えない。それでも、夜に働いている者たちの光が、異様な光景を作り出していた。
それはまるで、巨大で真っ黒な崖のような、夜を切り取って貼り付けたような、そんな得体の知れない壁に、光が切り揃えられていた。巨大な崖に沿って国を起こしたのだろうか。何故そんなことをする必要があったのか。
気になったようで、マーヤが飛行魔法を使って真上に飛び上がり、上空からその真っ黒な壁を見た。しかしそれでも得られる情報はそのデカさだけで、諦めてすぐに勇者の隣へ降り立った。
「何か見えたか?魔法使いよ」
「いいえ。ただ大きな壁があることしか」
「あれはな、木だ」
「き?」
「植物の木だ。貴様らが崖だと思っている部分は木の幹にあたる」
「聞いたことないですよ。あんなに大きくなる木なんて」
「植物の種類は正確にはわかっていないが、おそらくはさくらだ。春にさくらのような花を咲かせる。我々は国起こしの際、あの木に随分と助けられた。そのため我々魔族は敬意を込めてこう呼ぶ。寿樹様じゅじゅさまと」
帝人国出身の二人にとってはただの大きな木だが、魔王の言い方から、魔族にとっては大切な存在なのだとわかった。だから二人は、ここにいる間はあの木に敬意を払おうと決めた。他人が大切にしている物を粗末にすることは争いのもとだ。実際、今帝人国が起こしている戦争も、宗教問題が絡んでいる。
結局、お互いを尊重し合えれば全て解決するのだ。そんな簡単なことがなぜできないのかと、勇者はずっと疑問に思っている。
魔王が歩き出したため、勇者とマーヤも後に続く。
「ねぇ、魔王城はどこにあるの?今の場所からはそれらしい城は見えないよ」
「魔王城は、あそこだ」
立ち止まった魔王が指差したのは、寿樹様の方角だ。つられて二人も寿樹様を見たが、やはりそれらしい城は見えない。
「あの上だ。ここからでは見えん」
「あの上……って、何メートルあるんですか……?」
「寿樹様の標高は612メートルだな。城は頂上に建っている」
「ここからどうやってそこへ行くの?」
「……貴様ら、飛べるだろう?」
「あんなに高くは飛べませんよ!飛行魔法の上限は五十メートルが一般的です!」
「なるほど、では、我が連れていくしかあるまい。一階から徒歩で上がっていくのは性に合わん。しかしまあ、ここからでは少々遠い。もう少し歩くぞ」
見晴らしの良い丘から、寿樹様へ向かっていく道を下がっていく。すると段々、山道から舗装された石畳へと変わっていった。街に入ったのだ。
そう言えば一国の王がこんなところを護衛も無しに歩いていても良いのだろうか、と勇者は思った。思えば出会った時からひとりだった。それも国土の端の寂れた教会でだ。自分は国から逃げ出した身のためどうでもいいが、魔王という立場はそんなに自由なのだろうかと、勇者は前にいる彼を羨ましく思った。
「ねぇ、あんたさ、こんなところにいても良いの?」
「良いわけなかろう。仕事を放り出して、部下に何も伝えずにここにいるのだから」
「……じゃあなんであんな教会にいたのさ」
「そうですよ!普通魔王は魔王城にいるものです!なのに魔界に入ってすぐに、魔王としか思えない魔力量の反応が近くの礼拝堂からするんですから!予想外すぎて固まりましたよ!」
「知りたいか?」
魔王の顔には薄ら笑いが浮かんでいた。なんだか嫌な予感がしなくもなかったが、ここまで来たら聞くしかないと二人は頷いた。そんな二人を見て笑みを深くした魔王は、淡々と話し始める。
「この国の国境には見えない結界が張り巡らされている。そこを通った者が何であっても把握できるほどの精度でな。そして今日、結界が反応したのだ。数は二人、しかしおかしな事に普通の人間の反応ではなかった。魔力量が桁違いなその侵入者どもを野放しにはできないだろう?我はその反応を誰にも知らせずにひとりで出迎えることにした。そして案の定、その侵入者は勇者一行だったというわけだ」
「……僕たちに会いに来たの?わざわざ魔王が、一人きりで?」
「そうだ。光栄だろう?だがまあ、相対した直後で会話も無く、喉元を掻き切られそうになるとは夢にも思わなかったがな」
「それは……一応、勇者だから、魔王くらい倒しておこうと思って」
「簡単に言ってくれるな」
「勇者様が本気になれば、あなただって倒せますよ!ね!勇者様!」
「そんなことないよ。魔王は僕が今まで会った人間の中で、最上位の強さだし。魔王も本気出してなかったし。本気でやり合ったら、どうなるか僕もわからない」
「よくわかってるじゃないか。勇者の方がいくぶん利口だな」
「言っときますけど、私だって強いんですよ!勇者様と一緒なら、魔王のあなたとだって対等に戦えます!」
「では、いつか手合わせ願いたいな。我も平和主義だが、それとは別に手合わせは好きだ」
「受けて立ちますよ。ね!勇者様!」
「二人でやってよ。僕は見てるから」
勇者一行と魔王の会話とは思えないほど楽しげな雰囲気が漂う。マーヤがいるからだろうか、と勇者は考えた。自分と魔王二人だけなら、ここまで会話は続かない。改めて、マーヤが一緒に来てくれてよかった。
母国から逃げ出す時も、逃げ出した後も、気持ちが沈まなかったのは、マーヤのおかげだ。勇者は隣を歩くマーヤを見下ろす。すぐに視線に気づいたマーヤが、にっこりと笑って見せた。つられて、勇者も微笑んだ。
ここは住宅街らしい。夜遅いからか灯りがついている家は見当たらない。三人分の足音が夜に吸い込まれていく。ふと、魔王の足が止まった。必然的に後ろに続く二人の足も止まる。
「なんですか?」
「……ここから飛ぶぞ。……ああ、そうか。貴様らはそう高くは飛べんのだったな」
魔王は二人の方へ向き直り、両手を前に出した。一方は勇者へ、もう一方はマーヤへ伸びている。
「手を掴め。我が連れて行こう」
「えっ」
ためらうマーヤを横目に、勇者は躊躇なくその手を握った。魔王の手は勇者の手より二回りは大きく色黒で、それでいて暖かかった。自分の手と比較して、勇者は顔には出さずに驚いている。一方でマーヤは、両手で掴んでいた杖から片手を離したものの、勇気が出ないのか片手は宙に浮くばかりで、魔王の手を握ろうとはしない。
「どうした。怖いか?」
「怖くありません!でも……その、本当にいいんですか?連れて行ってもらっても……」
「一向に構わん。早く握ってくれるか?そろそろ本当に部下に不在がバレる」
「…………はい」
恐る恐る宿敵魔王の手を握る。そこで初めてマーヤは、魔王が得体の知れない化け物ではなく、同じ血の通った人間なのだと気づいた。それほどまでに、魔王の手の握り方は優しく、暖かかった。最大限、女性の手を握ると言うことを意識して、気遣いが感じられる手のひらだった。
「あの、杖無しで魔法が使えるんですか?」
「我々魔族は本能で魔法が使える。故に杖を使用する者は少ないな。では、いくぞ。手を離すなよ」
魔王の発言とともに、三人の体重がふわりと風に乗る。地面が消えたかと思うと、すでに住宅街が足元に広がっていた。息を呑む暇もなく、魔王は二人を連れてどんどん上昇していく。マーヤは魔王と繋がっている手を強く握り返した。こんなに高く飛んだのは生まれて初めてだ。恐怖も勿論あった。でもそれより、見たことのない景色に心が躍っていた。
「わぁ……」
思わず口から出たのは、言葉ではなく感嘆の息吹だった。
「すごいですね!勇者様!」
「うん……そうだね」
勇者から見たマーヤは、瞳に夜景を映してキラキラと輝いていた。その輝きが眩しくて、勇者は足元に光る夜景よりマーヤを見つめていた。月に近づいていく。魔王のマントがひらりと舞う。こんな光景も、もう二度と味わえないだろう。
「あそこが我が城だ」
いつの間にか寿樹様の頂上より上の高度に到達していた。寿樹様の頂上は広い台地になっており、円状に広いその土地は直径三キロはありそうだ。見る限り普通の木々が生い茂っていて、その木々が生えていない中心部に城が建っていた。
どの国の人間も魔王のアジトが巨大な樹木の上に建っているなどとは思わないだろう。それもまたこの六百年、魔王が打ち倒されていない理由のひとつかもしれない。そもそもの話、魔王から出迎えてくれない限り辿り着くのが非常に困難というわけだ。その点で言えば今回の帝人国出身の勇者一行は運が良かったと言える。
赤と黒を基調とした、豪勢な作りのその城は、魔王の雰囲気にとてもよく合っていた。城の内部には中庭のような場所があり、その中庭に一軒家が建っている。その建物は黒一色で、部屋が五つはありそうだ。
「……」
「どうした。言葉も出ないか」
「……うん」
「綺麗なお城……」
三人はゆっくりと下降して、城の中庭に降り立った。