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#さのじん
さき
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「おはよう」
夢見が悪くなかったせいか、挨拶が淀みなく口を衝いて出た。手元の資料からパッと顔を上げた勇斗と目が合う。夢で見たのと同じ、見続けるにはちょっと綺麗過ぎる顔立ち。夢の中では至近距離にあったな、と思って不思議な気持ちになる。今朝は「とうとう夢まで見てしまった」という羞恥で起き抜けに項垂れた。
「ん、おはよ」
ふわり、という擬音がしっくりくる笑顔。こんな笑顔を向けられ続けていれば誰だって好きになってしまうんじゃないか、なんて愚痴がこぼれそうになってそっと視線を落とす。そのまま雑念を振り払うように机に置かれていた資料を手に取り、勇斗の正面に腰を下ろした。しかし、彼の視線は一向に逸らされる気配がない。無視を決め込もうか迷ってから、これではまともに内容が頭に入ってこないなと渋々顔を上げた。
「……なに? 俺、なんか付いてる?」
目が合うと、勇斗は一瞬虚を突かれた顔をした。その後、ふっと表情を崩した。やっぱり何か可笑しいのだろうか、家を出る前に一通り鏡は見たはずだが。なんだか居心地が悪くなり、あくまで自然を装ってスマホの画面に自分の姿を反射させた。寝癖だってついてないし、特段変なところは見当たらない。
「いや、別にどっか変とかじゃないんだけどさ。なんかいつもより表情が柔らかい、みたいな? 何か良いことでもあったのかなって」
「……へぇ、そう? 全然思い当たんねぇわ」
惚けながら、内心は気が気じゃない。勇斗の勘が鋭いのか、はたまた、俺が諸々ダダ漏れになっているのだろうか。後者ならまずい、気をつけないと。
そんな真剣に考えなくてもいいけどね、なんてフォローを半ば上の空で適当に受け流す。深く漬け込まれなかったことに安堵しつつ再び内容を追おうと動かしかけた頭は、でも、と徐ろに続いた控えめな言葉にまた止まった。
「……なに」
「その、良かったよ」
「良かった?」
「うん、この間少し疲れてたみたいだったから。だから、」
元気そうで安心した、と続けて笑った勇斗にあらゆる後ろめたさが渦巻いて、そっか、なんてまるで他人事みたいに返事をする。そうだ、夢が衝撃的過ぎて忘れかけていたけどあの日以来に会ったのか。
そういえば、あの時心配してくれた勇斗に俺はどんな態度でどんな言葉を返したっけ。きっとあんな言葉じゃなくて、もっと言わなきゃいけないことがあったはずだ。
「……勇斗、」
「ん?」
「色々、ありがと」
「ううん、俺が勝手にやったことだし」
逆に気にしてたらごめん、そう眉を下げて微笑んだ彼は本当に出来た人だと思う。十中八九こちらが悪いのにそんな風に言われてしまっては返す言葉もない。これが人間性ってやつなのかと、今更なかなか変えようのないものを無理やり理由にして納得させた。
寛大で器が大きくて包み込むような優しさがある、そんなところも俺は。
「……そうだ、はい、仁ちゃん」
名を呼ばれると同時に、ひょこんと目の前に飛び出してきたうさぎに目を丸くさせる。
「びっくりした……うさぎ?」
「そう、うさぎのフィナンシェ。一昨日地方のロケに行ってね、なんか地元で有名なお菓子なんだって」
あげる、と丁寧な包装の中でまんまるな目をしている一匹を掌に乗せられた。小動物特有の愛らしさに思わず見つめ返していると、目の前で空気が揺れるのを感じた。
馬鹿にされたのかとジトリと視線を向けたものの、そこには見飽きない瞳がとろりと揺れているだけだった。心臓ごと溶かしてしまうほど優しく笑う彼が、眩しくて、妙に負けた気分で目を逸らした。
「他のメンバーには内緒ね?」
「ん? うん、なんで?」
「これラスト一個でさ、仁人の分しかないから」
「俺が貰っちゃっていいの」
「うん、仁ちゃんぽいなぁって思って買ったから」
こういうところだ、勇斗がずるいのは。だから、こんな人間に変な気を持たれるんだ、と心の中で毒づいた。そうやって無意識に甘やかすから、俺は現実から目を逸らすことしかできなくなってしまうんだ。
コメント
2件
初めまして。 作品の柔らかい雰囲気がとても素敵でコメントさせていただきました。 仁人くんがかわいいですね。 続きを期待しております💛