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その夜の夜会は、王宮の広間に溢れんばかりの熱気と、眩いシャンデリアの光に満ちていた。
レオ様の「最愛の婚約者」として社交界に華々しく躍り出た私は、今や貴族たちの好奇と羨望
そして微かな嫉妬が混じり合う視線の中心にいた。
レオ様は、公務の合間に何度も私の元へ歩み寄っては、周囲に見せつけるように私の腰を抱き寄せ
耳元でとろけるような甘い言葉を囁いては去っていく。
(……落ち着かなきゃ。これは全部、彼が緻密に描き上げた完璧なシナリオ通りなんだから)
自分に何度も言い聞かせ、乱れる鼓動を落ち着かせようと
喉を潤すためにテラスに近い静かな隅へ移動し、一人になった──その時だった。
「やあ、君が噂の『幸運な』公女殿下かい? 没落寸前の、今にも潰れそうな家柄の割には、なかなかいい宝を当てたものだね」
卑屈で粘りつくような笑みを浮かべて近づいてきたのは
以前からその素行の悪さで悪名高い、有力貴族の次男坊だった。
彼は私の逃げ道を塞ぐように立ちはだかると
隠そうともしないねっとりとした視線で私の肩から胸元をなめるように見つめた。
「レオ皇子も物好きだ。君のような地味で取り柄もなさそうな女に、あれほどの熱を上げるとは。……どうだい、夜の『演技』も彼に教わっているのか? それなら、私の方がもっと上手く、隅々まで可愛がってあげられるが」
無作法に伸ばされた、脂ぎった手が私の頬に触れようとした、その瞬間───
「──その汚い手を、僕の可愛い婚約者から離してもらおうか」
背筋が凍りつくような、低く、そして逃げ場を許さないほど冷徹な声が響いた。
振り返ると、そこにはいつもの「陽だまりの皇子」としての柔らかな面影を一切消し去り
氷の彫刻のように研ぎ澄まされた表情のレオ様が立っていた。
「レ、レオ皇子……! いえ、これはただの、親愛の情を込めた、ほんの挨拶でして…っ」
先ほどまで横柄な態度を崩さなかった男が、文字通り蛇に睨まれた蛙のように真っ青になり
ガタガタと膝を震わせて後ずさる。
レオ様は男の弁明を冷たく遮るように私の肩を強く抱き寄せると
その男を、文字通り「ゴミ」か何かを見るような、底冷えのする琥珀色の瞳で見下ろした。
「親愛? 僕の妻に、僕の許可もなく気安く触れようとして、その言い訳が通用すると思っているのか? ……次はないぞ」
「僕から彼女を奪おうとする者は、例え誰であれ、相応の報いを受けてもらう」
「しっ、失礼致しました……!!」
それは、民衆に愛される慈悲深い皇子の姿からは程遠い
剥き出しの独占欲と、殺気すら孕んだ怒りだった。
男が這うようにして逃げ去った後も、レオ様が私を抱きしめる腕の力は、少しも緩むことはなかった。
「……レオ様、助けてくださって、ありがとうございます。……でも、今の『演技』は…少し、怖すぎたかもしれません。彼も、あんなに怯えていましたし……」
私が震える声でそう告げると、レオ様はハッとしたように、憑き物が落ちたような顔で表情を和らげた。
けれど、私を真っ直ぐに見つめるその瞳の奥には
まだ消しきれない暗い熱と、荒い衝動が渦巻いている。
「……演技?ああ、そうだね。……少し、熱が入りすぎてしまったかな」
彼は自嘲気味に、吐息を漏らすように呟くと
私の額に深く、まるで刻印を押すように吸い付くようなキスを落とした。
その唇は、先ほどの氷のような声とは対照的に、焼けるように熱く、そしてわずかに、震えていた。
(……今の、本当に演技だったの?)
「演技だ」と言い切る彼の言葉を信じたいのに。
私の肩に食い込む指先の強さと、密着した体から伝わってくる、あまりに激しく乱れた心音。
それは、彼が用意した「ビジネス」という冷たい枠組みを
あまりにも容易く、そして情熱的に踏み越えていた。