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前夜の夜会で冷たい夜風に当たったせいか、翌朝、私の体は鉛のように重くなっていた。
視界が熱でちかちかと燃え、喉を焼くような痛みが走る。
無理をして起き上がろうとしたけれど、あまりの眩暈にそのままベッドへ沈み込んでしまった。
「ローラ様!大変、ひどいお熱ですわ!」
メイドの悲鳴のような声が遠くで聞こえる。
意識が混濁する中、私はぼんやりと考えていた。
(……仕事、しなきゃ。レオ様の婚約者として、今日も完璧に演じなきゃ…)
しかし、次に扉が激しく開く音がしたとき、現れたのは医師でもメイドでもなかった。
「ローラ!大丈夫かい……っ?!」
聞き慣れた、けれど今は余裕をかなぐり捨てた切羽詰まった声。
目を開けると、そこには軍服の襟を乱し、肩を荒く上下させているレオ様がいた。
「レオ……様…?!公務は…閣僚会議が、あるのでは……」
「そんなもの、どうでもいい。君がこんなに熱を出しているのに、議事堂の椅子に座っていられるわけがないだろう、すぐに終わらせてきた」
彼は私の返事も待たずにベッドの傍らに膝をつくと、熱を帯びた私の額に、自らの大きな手を迷わず当てた。
ひんやりとした掌の冷たさが、熱に浮かされた私にはひどく心地よくて、つい涙が滲む。
「……っ、冷たい…気持ちいい……」
「…よかった」
「でっでも、レオ様、戻ってください……私たちはただのビジネス、ですよね?…私のことを気にしてレオ様の時間を奪うわけには…」
掠れた声で必死に訴える私を、レオ様は今まで見たこともないような
悲しげで、それでいてひどく情熱的な瞳で見つめた。
「…キミは、まだそんなことを言っているのか」
彼は側にあった水盆から絞ったタオルを私の額に置き直すと
そのまま私の熱い手を、両手で包み込むように握りしめた。
それは、社交界で見せる優雅なエスコートでも、冷徹な契約者の握手でもなかった。
指先から伝わってくるのは、彼自身の激しい鼓動。
そして、隠しきれないほどの焦燥と、慈しみ。
「……レオ様、手が震えて……」
「ああ、震えているよ。怖いんだ。君が僕の知らないところで消えてしまうのではないかと、気が狂いそうなんだ。……頼むから、今は『演技』なんて言葉で僕を突き放さないでくれ、ローラ」
人懐っこい笑顔という仮面は、もうどこにもなかった。
彼は私の手に額を押し当て、祈るように何度も口づけを落とす。
公務を放り出し、周囲の目も、醜聞も、権力争いの有利不利も
今の彼にとっては、私の熱を下げること以上に価値のあるものなど何一つないようだった。
「……レオ…さま…」
「ここにいる。ずっと側にいるから。……だから、早く良くなってくれ…」
熱のせいか、それとも彼の言葉のせいか。
胸の奥が、これまでにないほど熱く、苦しく締め付けられる。
「ビジネス」という名の防波堤は
彼の剥き出しの本音を前に、音を立てて崩れ去ろうとしていた。