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俺たちが別れた日、あの日に戻れるのなら何がダメだったのか確かめたい――――。
◇ ◇ ◇
一人暮らしを始めたマンションで、俺たちは蜜月を過ごしていたはずだった。少なくとも俺は杏子と過ごす日々を幸せに感じていた。
ところが、親父に無理矢理連れて行かれた政財界のパーティーの日、マンションに帰ると杏子がいなかった。
土曜日の夜は俺が遅くなっても大抵待っててくれているのに、何故だ?
しかも、帰るにしても置き手紙がないことを不審に思った。いつも必ずダイニングテーブルの上にメッセージを残してくれるのだ。実はそれを楽しみにしていた。
杏子にメッセージを送るも、既読にならない。何度もメッセージを送っていると、月曜日になってやっと既読になった。
その日の夜中、俺のマンションの下にある公園に呼び出された。
俺は意味がわからなかった。待ち合わせなんてしなくても部屋に来ればいいことだ。1年のうちで最も寒いこの時期に、何故公園なのだろうと。
「一体どうしたんだ? 既読にならないし。先週の土曜日も、帰ったらいると思っていたからケーキを買ってたんだぞ」
「……それはもう食べてくれる人がいるんじゃない?」
「は? 何言ってるんだよ」
「土曜日、どこに行ってたの?」
「仕事だよ。仕事でちょっとしたパーティに顔を出してた」
「ふーん……」
今まで一度も仕事の話なんて聞いてきたことがなかったのに、どうして突然先週の土曜の夜のことを聞いたのだろう?
「鷹也、私に何か言うことはない?」
「何かって?」
何か言うこと……。浮気でも疑っているのだろうか? あり得ないのに。
「なんだよ、はっきり言えよ」
「……じゃあ言うわ。………いつになったら鷹也のお家のこと、教えてくれるつもりだったの?」
「家? ってなんの……」
「私って、なに? 鷹也の何?」
「何って、俺の彼女だろう?」
「鷹也のお家のこと、何も話してもらえない彼女? 陰でコソコソ会わないといけない彼女?」
「は? 何言ってるんだよ。コソコソなんてしてないだろう?」
「でも、一度も聞いたことない。私、何も教えてもらってない。鷹也が森勢商事の後継者だって……」
「な、なんでそれを――」
確かに一度も言ったことはなかった。そんな面倒な背景を杏子に見せたくなかったから。
だが一体なぜ知ったんだ……。
「正直に言って。鷹也は私とのこと、親に話すつもりあった?」
「い、いずれは……」
「いずれは?」
「け、結婚はまだ早いだろう? それに杏子の仕事のことだってあるし――」
「仕事? ……仕事が何なの?」
「いや……その……今の仕事を続けるなら無理だし……」
せっかく第一希望の大手住宅メーカーに入社できて、大学で取得した施工管理技士の資格を活かして仕事を始めたところなのに、結婚なんてまだ先の話だろう。
うち両親は自分たちの結婚が早かったせいか、大学を卒業したところなのに、「結婚!」「孫!」とうるさい。特に父親が。恋愛結婚で、片時も離れたくなくて、母が大学を卒業してすぐに結婚したくらいだから、今でも暑苦しいくらいに仲の良い夫婦なのだ。
そんな両親だから、一度でも杏子に会わせてしまったら、俺たちの希望を無視して結婚に向けて勝手に突っ走るだろう。
「結婚!」「孫!」と言って。
それだけは避けたい。いずれ結婚するにしても、杏子にはまだ自由にキャリアを積んで欲しいから。
「鷹也もそういう考えなんだ。私が……現場監督をしているから?」
「え……うん。そうだな。せっかく――」
「わかった。もういいよ。もう無理」
「え? 無理って何が」
「別れよう、私たち」
「な……何を突然……」
「私、誇りをもって今の仕事をしているの。まだ先輩のあとについて勉強することばかりだけど、好きでやっているの。それに……私は鷹也を支えるなんてできない」
「はぁ? 何言ってるんだ? 当たり前だろう? そんなことわかってるよ。別にそんなこと望んでない」
結婚したって、杏子は自由にしてくれたらい。俺はそう思っている。
「そうだよね……そんなこと、私に期待してないよね。今まで、楽しかった。…………これ、返す」
杏子はカードキーを取り出し、俺に押しつけた。
「ちょっ……待てよ」
「もう会わない。ここにも来ない。私、仕事に集中したいから……もう連絡しないで」
そう言って、杏子は俺が引き留めるのも聞かずに走り去ってしまった。
何が起きたのか全くわからなかった。
俺は今振られたのか?
何故だ? 実家が森勢商事だと言ってなかったのが気に入らなかったってことか?
一応名の通った企業だからやっぱり面倒だと思われたのだろうか?
あの親父に捕まったら面倒だから、知らない方がいいと思ったし、なんなら親は無視して結婚してから会わせてもいいかなと思っていたのだが。
こんなことなら逆に父親に話して、周りから固めた方が良かったのか?
その後、杏子と全く連絡が取れなくなった。おそらくブロックされていたのだろう。
年度末で仕事に追われる日々が続き、4月から俺は北九州支店に異動になった。
異動の前に何とか杏子と連絡を取りたかったが、ブロックが解除されることはなく、急な異動だったため、会いに行くことも出来なかった。
◇ ◇ ◇
あの日の杏子の拒絶が、一体何から来ていたのか確かめるべきだったのに――。
あまりにも面倒なことが起きて放置してしまったのは俺の責任だ。
今更だと思う。でも、たとえ杏子が結婚していても、俺は拒絶された理由を聞きたかった。
そうでないと、俺は一歩も前に進めないままだろう。