悟と約束した日曜日。私は、悟と一緒に優月さんと初めて会った。
駅前の公園のベンチに座っていると、スキニーのジーンズに、淡いベージュのロングコートを着た女の人がやってきた。
優月さんは、大学院生で、清楚系っていうのかな?派手じゃなくて、でも地味じゃなくて。
おしゃれだけど、目立たない。
きれいでもあり、かわいくもあって、こんな人がお姉ちゃんなら、ってつい思っちゃった。
「優月ちゃん」
「悟くん。こんにちは。梨花ちゃん。はじめまして、透の妹の優月です。」
優月さんは、優しく微笑んで、私に手を差し出してくれた。
スケルトン系のネイルがすごくかわいい。
「はじめまして」
「はじめまして。悟くんから聞いたよ」
優月さんは悲しそうな顔をした。
「大変だったね。お友達のこと」
「…はい。」
優月さんは、そっと私の背中に手を当ててくれた。とても温かかった。
「お話、聞かせてくれる?」
私は、沙莉のことを、悟くんは、透さんのことを改めて話した。
今日は、顔合わせだし、悟くんが塾に行く時間になったから、その日は解散した。
悟くんと別れたあと、私と優月さんはしばらく公園で話をしていた。
「沙莉の妹の莉奈ちゃんが、呪いなんかじゃないよね?って言ったんです」
「うん」
「呪いなんかじゃないし、呪いなんて思いたくないけど、周りは皆、沙莉は呪い殺されたって言うの」
「うん」
「悔しくて…だから、怪奇現象なんかないって言ってやりたくて。そしたら、沙莉は呪い殺されたなんて誰も言えないと思うから」
「そうだね」
「でも…怖くて…」
「そっか…」
優月さんは、遠くを見つめた。
「梨花ちゃん。…ごめんなさい」
そう言うと、優月さんは頭を下げた。
「え?」
「あの怪奇現象、私たちが作ってしまったの」
優月さんは、寂しそうに話し始めた。
「はじめは、悟くんの一言だった。あの子、目が覚めて、お兄ちゃん…透が、集中治療室にいるってわかったとき、俺のせいだって泣き叫びはじめたの」
『俺が!俺が殺されるはずだったのに!』
皆、胸が痛んで、悟くんにどうしてそう思うの?って尋ねたの。
『スーツの女がこっち見てて、俺、手を振ったんだよ!そしたら…そしたら、ぎゅーって苦しくなって!』
悟くんは、涙を流しながら一生懸命説明してくれた。
お兄ちゃんを奪われて、悔しくて、悲しくて。
私と悟くんは、女の人を探して、成仏とか何とかすれば、お兄ちゃんが帰って来るって思ったの。
でもね、いくら探しても、どんなに調べても、何もわからなかった。
お兄ちゃんの友達も巻き込んで、両親も巻き込んで。
私と悟くんの両親はね、私たちの気が済むように見守ってくれた。
路線の近くに、路線開通のために取り壊された澱捨神社の話を見つけて、私たちはそれに縋ったときも。
両親は何も言わずに神社に連れて行ってくれた。
その神社に封印されていた呪いがお兄ちゃんに当たったんだ!って息巻いて、悟くんと二人、神社の歴史を調べたの。
でも、そんな呪いなんて話はなかった。電車の開通で移設になったけれど、それだけ。結局、何もなかったの。
でも、そうやって一生懸命調べているとね、噂はできた。女の人の幽霊がお兄ちゃんを呪ったんだって。
私たちが探せば探すほど、女の幽霊ははっきりしていった。
最初は気が付かなくて、女の幽霊の呪いがたくさんの人を苦しめてるんだ!って思ったの。
それで、私たちは、ますます女の幽霊を探した。
私がその噂が面白おかしく脚色されたものだって気がついたのは、15歳のとき。オカルト系の配信を見たから。
悟くんには言わなかったわ。
その配信では、女の幽霊探索って面白おかしく銘打って、遊び半分で、バカ騒ぎする男が三人映っていた。
お兄ちゃんのことも、話されていて。
私は、自分のやっていることが、お兄ちゃんをただの遊びのネタにしてしまったと気がついたの。
「悟くんには、今も調べているし、お兄ちゃんのことは、女の人が原因だって、話してるけど、それはあくまで、悟くんのため。」
優月さんは寂しそうに笑った。
「沙莉ちゃんのこと、残念だね。でも、それは、呪いのせいとかじゃないよ。 」
涙が頬を伝うのがわかった。
「でも…私、見たんです。女の人…。沙莉も、女の人って言ってました」
「うん。そっか…」
優月さんは優しく私の背中を撫でてくれていた。
私が泣き止むのを待って、優月さんは私と一緒に駅に行ってくれた。
「電車に乗ろう。そして、確かめるの。女の人なんていないって」
優月さんは笑った。
「女の人がいなかったら、呪いもないでしょ?そしたら、沙莉ちゃんも、呪いで殺されたとは言えないんじゃない?」
「…そうですね。」
優月さんは、私の手を取って、駅へと入っていった。
19時30分、電車が私たちを迎えに来た。
目の前に止まった車両には、誰もいない。優月さんは顔をしかめた。
「…どうしていつもこんなに混んでいるんだろうね?」
優月さんは苦笑いして、体をねじ込むようにして電車に乗り込んだ。私の手を握ったまま。
「あ、梨花ちゃん、こっち。空いてるよ」
二人しか乗っていない電車なのに、優月さんは、窮屈そうにベルベットに座った。
「ふぅ…今日もすごい混雑だね」
優月さんが苦笑する。私は、周りを見回すけど、誰もいない。
そうしていると、電車が走り出した。
優月さんは窮屈そうに顔をしかめて電車に揺られていた。二駅過ぎた。
「あの…悟くんが言ってました。反応したら殺されるって。それも…作り話ですか?」
目の前の窓には、スーツ姿の女の人が映っていた。
三駅過ぎた。
「それは、本当。澱捨神社で教えてもらった、んだったかな。…それは、確かに本当の話、だったように思う。」
歯切れの悪い言葉に、隣の優月さんをみる。
優月さんは、どこかぼんやりした様子で、前を見つめていた。 窮屈そうに身を縮めて。
次で降りなくちゃ。
「あ、次だね」
優月さんが安心したように笑う。
ホームに着いて、扉が開く。
優月さんは、誰もいない車内を人込みを縫うように進んで行った。
「はあ、やっと解放だね!」
優月さんが安堵のため息をつく。
私は、振り返った。
やっぱり、誰も乗っていない車内の扉の向こうのさらに向こう。
女の人がこちらを見ていた。
「梨花ちゃん」
優月さんに呼ばれて振り返る。
「帰ろう?」
「はい。」
私は頷いた。
「あんなに混雑しているのに、誰と目が合うとかそんなのわかりっ子ないのにね」
優月さんは苦笑いした。
「…優月さん。」
優月さんが笑顔で私を見つめる。
その時、なんとなくわかった。
この人は、守られているんだなって。
あの電車には、確かに何かがある。
でも、それにぶつからないように、この人は、守られている。
だから、この人の乗る電車は混雑しているんだ。
「いいえ。ただ、あの…ありがとうございました」
優月さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
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