コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「だからといって、ほっとけも出来ないの」
彼の心に不純物がたまらないように、
私は強く伝えた。
「それでも貴方を救いたい…ですか」
僕は出発のその時まで、
彼女からもらった手紙を読んでいた。
今までにない字体だった。
心が滲んでいるような言葉は初めて見た。
詩人と言えばいいのか、
彼女の一線を超えてこない美しさと
何もかも包むような表現の羅列に
心が温まるような気がした。
自分だけに向けられたものだと、
こんなにも嬉しいものだろうか。
僕は花をもらった喜びすら忘れていたようだ。
けれど、クリッシュという彼女と出会った記憶が
どうしても思い出せない。
鞄に手紙を忍び込まれたあの日よりも前。
どうやら自分は意識朦朧のうちに出会っていたようだ。
手を握られる感覚が未だ残っている。
「君は五番目の子供だからクインテッドだよ」
彼女を追いやるように浮かぶ現実。
それは兄から告げられた言葉だった。
学園祭後、彼に会いに行った。
先生に僕の身内について尋ねると、
鳩が豆鉄砲を食らったように驚きながらも教えてくれた。
おそらくそれは、僕自身で理解しきれていない
この病についてだろう。
自分でも尋ね出る声に、夢だと思っていたくらいだ。
兄は僕が部屋を尋ねてくることを見越して、
椅子を構え、堂々と座っていた。
「やあ、待ってたよ。絶対来るんだろうなって、思ってました」
微笑みながら、その同じエメラルドの瞳は
真っ直ぐ僕を捉えていた。
「僕は頭を冷やすべきかもしれません。貴方を兄とは思えない自分がいます」
たまたま同じ色の瞳かもしれない。
けれど、吸い込まれるように見入った瞬間があった。
「それはそうだね。会ってまだ間もない。まあ、僕は前から知ってたけど」
彼を見ているうちに、見覚えのある顔が脳裏を掠める。
おそらくそれは、おじさんの家族写真に写っていた一人に似ているのかもしれない。
それが彼とおじさんとの関係性を示しているようで、どうも気にがかる。
「兄かどうかは置いておいて。君は俺に何を聞きに来たのかな」
「それはもちろん、おじさまの事です」
「君の言うおじさまとは、一体誰のことかな?」
あくまで白を切るようにとぼける。
「分かりませんか?僕を前から知っているのであれば尚更…」
「やっぱり君は頭を冷やした方がいい」
彼は冷たく言い放った。笑顔を保ったまま。
「一ついいかな。そもそも僕が君と関係性があるとは一言も言っていないよ」
「いえ、僕の中ではあります。貴方がおじさまの家族写真に写っていたような気がするのです」
「いやいや、気がするだけでそんな熱烈に言われても困るよ」
彼は制服のネクタイを緩めながら、
堅苦しいとでも言うようだった。
けれど、彼もまた同じエメラルドの瞳をしている。
兄という可能性もゼロではない。
「君の勘違いかもしれない。それだけだと理由にもならないよ」
「ならば否定してはどうです…僕の兄ではないと。その同じ瞳で抗議してはどうです」
「別に反論も隠す気もないよ」
「え?」
彼は再び笑みを構える。
嘲笑のような別世界から遠目に僕を見ていた。
「君は五番目の子供だからクインテッドだよ」
彼は僕の名を知っていた。
「僕は一番目…ソロって名前だよ。勘のいい君なら分かってたと思ったよ」
僕は色んなことが瞬時に入ってきて、混乱していた。
「えっとお待ちください。ど、どういうことでしょう」
「いや待たないよ。僕はもう、あの音楽家の両親とは縁を切ってるんだ。だから君にささっと全部打ち明けてしまうよ」
僕が彼の名を反芻しているうちに、彼は多くの事を語った。
「有名音楽家の子供である僕らは血縁上は、兄弟であるかもしれない。でも、君だけは異父兄弟なんだよ」
「い…異父…?」
僕は聞きなれない言葉にどう反応していいか分からなかった。
「まあ、いきなりの事であれかもしれないけど僕もこんな話は嫌だからね。君が頷いてくれるのも待たない」
「異父という事は、僕は貴方と同じ父親ではないという…」
ソロと名乗った彼は、僕の言葉に驚く。
「話が早いね。少しは気付いていたのかな」
「どういうことです?」
彼はここに来て初めて僕から視線を逸らす。
それは気を遣っているような、
言葉を躊躇っているような。
彼は首を振る。
「ううん、俺にこの先を言わせないで欲しいな。考えてみればもう、分かるだろう」
「何を考えるというのです。ここまで話しておきながら…」
ソロは唇を噛んでいるようだった。
悔しいのか、悲しいのか。
まるで自分の鏡のようだった。
「おじさんは、おじさんですよ…」
それは言葉になっていた。
「異父だからどうしたんですか…まさかおじさんが僕の父親というわけでもないでしょう」
「クインテッド…それは」
「ルイーヴおじさんを知っていますか?いえ、知っているでしょう。僕を見守ってきてくれた人ですよ」
ソロは俯いたままだった。
「それはただの他人であって、父親じゃないです。だって、僕を殺そうとする理由がますますないじゃないですか」
「あの人は君を育てた人だ。僕達の家庭とは疎遠で、君が俺を兄だと知らないのはそのためだよ」
「いえいえ、ご冗談を」
あの人にまた信じていたものを
嘘に塗り替えられるのは、もうごめんだ。
僕はそれ以上、ソロの言葉を聞かず部屋を出ていく。
どこかで気付いていたのかもしれない。
無意識に零れる涙は
それに気付いていた証だった。
散々彼に転がされた人生だった。
愛情、信頼はとうに破綻していた。
それでも、それを信じようと思う自分もいて。
現に兄のところへ真相を知りたがったのも
あの人と自分のためであって…。
「だからと言って、ほっとけも出来ないの」
彼女の言葉が聞こえた気がした。
辺りを見渡すが、自分の部屋に戻ってきただけで
室内には誰もいない。
「言いたい事があるなら、言葉にしたらどう?」
…。
「思う事をちゃんと言葉に出来たらいいのにね」
…。
彼女の声で言葉が反芻される。
どこかで聞いたようなそんな感覚がある。
「言葉に出来ない癖に、ほっとけないか…」
それは僕自身がそうなのかもしれない。
結局は向き合いたいと思っているんだ。
あの、ルイーヴおじさんと。
問いただしたいことも、言いたいことも。
全部、向き合うための手段なんだ。
僕は次の日の朝、
クリッシュと共にあの人の住んでいた場所へ
向かうのだった。