コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『レイ……』
驚きのあまり声を漏らせば、レイは私の目をじっと見つめて言った。
『なに泣いてるの』
尋ねれられて、はっとした。
慌てて目をこするけど、泣いていたのがばれてしまうなんて最悪だ。
『そ、そっちこそ、どうしてこんなところにいるの』
『ケイコの手伝い。
今日が「タナバタ」なんだろ』
『あ……』
そうだった。
そういえば今日は7月7日で、けい子さんは毎年夕方から、生徒たちと七夕パーティをしている。
だけどこの雨が続けば星なんて見えないだろうし、織姫と彦星も会えないかもしれない。
(あぁ、でも……)
私はもしかして、杏と佐藤くんの天橋立になったんだろうか。
そう思うとまた泣けてきて、私は急いでレイから目を逸らした。
うつむいていると、しばらくしてレイが歩きだした。
同じ傘の中にいる私は、つられて足が動く。
だけど濡れたシャツが体に張り付いて、雨に打たれている時よりもずっと、体が冷たく感じた。
『……レイの言うとおりだったよ』
『え?』
『この間言ったでしょう。
あいつはあんたを好きじゃないって。
本当、その通りだった。
彼は……私のこと好きじゃなかったんだ』
苦笑いを浮かべながら、自分自身なにを言ってるんだろうと思った。
正常な理性があったなら、絶対にこんなことレイに言わない。
だけどもう、私はだれでもいいから聞いてほしかった。
辛くてたまらない胸の内を、ひとり抱えていることが耐えられなかった。
それからさらに雨が強くなった。
無意識に鞄を肩に掛け直した時、雨音にまじってレイの声がした。
『なんで笑うの。
それはミオにとって、笑えることだったの』
『え……』
弾かれたように顔を上げれば、レイの瞳はいつかの日と同じ、色のない目で私を見下ろしていた。
『今の今まで泣いていたくせに、笑って強がるなんて、そのほうが意気地なしじゃない?』
その言葉は無防備だった私の心を抉った。
(なにそれ……)
言葉にならない悔しさが沸き上がる。
やっぱりレイになんて言わなきゃよかった。
辛くて苦しくって、私だって情けないって思ってる。
けど、私は杏も佐藤くんも好きなんだ。
だから笑うしかないのに、どうしてそんなこと言われなきゃいけないの。
『レイに、私の気持ちのなにがわかるの。
なにが……』
本当、最悪だ。
もう泣きたくなんかないのに、涙腺が緩んでしまったせいで、簡単に涙がこぼれてしまう。
だけど彼から目を逸らさなかったのは、せめてもの抵抗だった。
涙が頬を伝い、雫となって落ちた時、ふいにレイが動いた。
彼が私の唇にキスをしたのは、それからすぐのことで、私は目を開いたまま固まった。
(え……)
思考回路が停止して、離れる彼がスローモーションのように映る。
『な、なにを……』
震える声を絞れば、レイは感情の乏しい顔で言った。
『女を泣き止ますのは、これが一番手っ取り早いから』
(―――なにそれ)
私はかっとなった。
『なにそれ、そうやってだれにでもキスするの?
レイなんて最っ低……!』
手を振り上げたのは、咄嗟に頬を打とうとしたからだ。
その手はレイに掴まれ、すぐに自由を失う。
同時に伏した彼の瞳が近付いて、息を詰めた瞬間、唇が重なった。
そのキスが、触れるだけのものならまだよかった。
だけどさっきとは違う荒いキスに、経験のない私はひどく動揺した。
それでも抗う術を知らず、彼にされるままどうすることもできない。
冷たいキスの嵐が去ると、私は力いっぱいレイの胸を叩いた。
『な、なにするの。 なんで……』
掴まれていた手首が痛い。
それよりもずっと、心が痛くてたまらなかった。
またひとつ涙がこぼれた時、レイは言った。
『……ミオのこと、見てて苛々するから』
澄み切った視界に、彼の端正な顔が映っている。
蒼い目は私を捉えて、離すことはなかった。
『なにそれ……そんなの知らない。
レイのバカ……! 最っ低!!』
私はもう一度彼の胸を強く叩き、傘の中を飛び出した。
視界が煙る。
それは雨のせいなのか、涙のせいなのか、自分ではもうわからなかった。