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『レイ……』



驚きのあまり声を漏らせば、レイは私の目をじっと見つめて言った。



『なに泣いてるの』



尋ねれられて、はっとした。



慌てて目をこするけど、泣いていたのがばれてしまうなんて最悪だ。



『そ、そっちこそ、どうしてこんなところにいるの』



『ケイコの手伝い。


 今日が「タナバタ」なんだろ』



『あ……』



そうだった。



そういえば今日は7月7日で、けい子さんは毎年夕方から、生徒たちと七夕パーティをしている。



だけどこの雨が続けば星なんて見えないだろうし、織姫と彦星も会えないかもしれない。



(あぁ、でも……)



私はもしかして、杏と佐藤くんの天橋立になったんだろうか。



そう思うとまた泣けてきて、私は急いでレイから目を逸らした。







うつむいていると、しばらくしてレイが歩きだした。



同じ傘の中にいる私は、つられて足が動く。



だけど濡れたシャツが体に張り付いて、雨に打たれている時よりもずっと、体が冷たく感じた。



『……レイの言うとおりだったよ』



『え?』



『この間言ったでしょう。

 あいつはあんたを好きじゃないって。


 本当、その通りだった。



 彼は……私のこと好きじゃなかったんだ』



苦笑いを浮かべながら、自分自身なにを言ってるんだろうと思った。



正常な理性があったなら、絶対にこんなことレイに言わない。



だけどもう、私はだれでもいいから聞いてほしかった。



辛くてたまらない胸の内を、ひとり抱えていることが耐えられなかった。






それからさらに雨が強くなった。



無意識に鞄を肩に掛け直した時、雨音にまじってレイの声がした。



『なんで笑うの。


 それはミオにとって、笑えることだったの』



『え……』



弾かれたように顔を上げれば、レイの瞳はいつかの日と同じ、色のない目で私を見下ろしていた。



『今の今まで泣いていたくせに、笑って強がるなんて、そのほうが意気地なしじゃない?』



その言葉は無防備だった私の心を抉った。



(なにそれ……)



言葉にならない悔しさが沸き上がる。



やっぱりレイになんて言わなきゃよかった。



辛くて苦しくって、私だって情けないって思ってる。



けど、私は杏も佐藤くんも好きなんだ。



だから笑うしかないのに、どうしてそんなこと言われなきゃいけないの。







『レイに、私の気持ちのなにがわかるの。


 なにが……』



本当、最悪だ。



もう泣きたくなんかないのに、涙腺が緩んでしまったせいで、簡単に涙がこぼれてしまう。



だけど彼から目を逸らさなかったのは、せめてもの抵抗だった。



涙が頬を伝い、雫となって落ちた時、ふいにレイが動いた。



彼が私の唇にキスをしたのは、それからすぐのことで、私は目を開いたまま固まった。



(え……)



思考回路が停止して、離れる彼がスローモーションのように映る。



『な、なにを……』



震える声を絞れば、レイは感情の乏しい顔で言った。



『女を泣き止ますのは、これが一番手っ取り早いから』








(―――なにそれ)



私はかっとなった。



『なにそれ、そうやってだれにでもキスするの?


 レイなんて最っ低……!』



手を振り上げたのは、咄嗟に頬を打とうとしたからだ。



その手はレイに掴まれ、すぐに自由を失う。



同時に伏した彼の瞳が近付いて、息を詰めた瞬間、唇が重なった。



そのキスが、触れるだけのものならまだよかった。



だけどさっきとは違う荒いキスに、経験のない私はひどく動揺した。



それでも抗う術を知らず、彼にされるままどうすることもできない。



冷たいキスの嵐が去ると、私は力いっぱいレイの胸を叩いた。



『な、なにするの。 なんで……』



掴まれていた手首が痛い。



それよりもずっと、心が痛くてたまらなかった。



またひとつ涙がこぼれた時、レイは言った。



『……ミオのこと、見てて苛々するから』



澄み切った視界に、彼の端正な顔が映っている。



蒼い目は私を捉えて、離すことはなかった。



『なにそれ……そんなの知らない。


 レイのバカ……! 最っ低!!』



私はもう一度彼の胸を強く叩き、傘の中を飛び出した。



視界が煙る。



それは雨のせいなのか、涙のせいなのか、自分ではもうわからなかった。

















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