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少年は、あるビルの屋上にいた。暗い闇の中には無数の光。動く光、動かぬ光。それを見つめる彼の瞳には、多少の神の情けか、少々光が灯っている。少年はポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。ロック画面に表示させるのは、彼を心配する声のメールの通知。少年は最後に送られたメールに目を通し、電源を切った。
そして少年は、光の灯る街を見下ろしながら
「・・・なんでお前なんだよ‥」
そう小さく、譫言のように呟いた。
少年はその昔、『全異能力を保持する最強異能力者』と謳われていた”岩崎舞”の嘗ての恋人だった。しかし、岩崎舞は幼子を守るため、自身が犠牲となった。彼女は、当時恐れられていた憑从影の最高ランクである「Unkown」青鷺リンネに出会ってしまった。幸い、彼女が守った幼子は軽傷で済んでいたが、彼女、岩崎舞は青鷺リンネに脳を潰され、殺されていた。少年の名は”皇幸”と言い、彼は親に捨てられていた。だが、捨てられた約2年後、彼は岩崎舞と岩崎舞の姉に発見された。名前がないことを知った彼女は、彼に”幸”という名前を与えた__。
幸は下に広がる夜の街を見下ろし、ゆっくりとフェンスに手を掛ける。そして、彼の体が宙を舞った時、誰かが彼の体をビルまで強く引き戻した。幸はその者の正体が分かっているかのように、後ろを振り返る。
「・・・なんで邪魔をした、小春」
「・・・幸君を助けることに、理由なんているの?」
「・・・・」
彼が地面へ落ちる直前、体を引き戻した人物。それは岩崎舞の姉である”岩崎小春”だった。
小春の手は、幸の手を握っていた。痛いというほど強く握られた手。その力の中には、彼女のなりの「決意」があったのかもしれない。
「ねえ…幸君、何しようとしてたの…?」
「・・・お前なら、言わなくても分かるだろ?笑」
「・・・・」
幸はそう言い笑ったが、その瞳は先ほどとは違い、青い綺麗な瞳が黒く濁っており、光など灯っていなかった。
「・・・私達じゃ、幸君の悲しみを代わってあげることも、拭ってあげることもできないのはわかってるよ。・・・でも」
そう言って小春は、目を伏せて言葉を並べた。
「それでも・・・私達は、幸君を死なせたくなんかないよ・・・。幸君にとっては邪魔に思えるかもしれないけど、それでも・・・!」
「・・・頼むから‥ボソッ」
「え‥?」
「頼むから放っておいてくれよッ!」
「っ…!」
幸の怒号に、周りの空気が揺れるのを感じた。
「わかってるなら…そう思ってるなら…」
そう言って幸は顔を上げた。それと同時に、小春は幸の顔を見て驚いた。幸の目からは一筋の涙が流れていた。
「楽にしてくれよ‥‥?」
「・・・・」
小春は、そんな幸を見て何も言えなかった。彼の辛さは、悲しみは、憎しみは、苦しみは。誰よりも理解しているはずだった。彼が愛した人の姉として、彼に寄り添っていたつもりだった。だが・・・その優しさが、還って彼の苦しみを増強していた。
「あの日から…毎日毎日毎日‥。舞が死ぬ瞬間が…何回も夢に出てくるんだよ・・・。舞の声が…最期に聞いた声が…。何回もフラッシュバックして…。」
「忘れようとすればするほど思い出して…苦しいんだよ。」
幸は涙を流しながら、気づけば、”言う必要のない事”まで。小春に吐き出していた。
「・・・幸君がそう思ってる内は、舞のことを忘れたくないってことだよ。死んじゃった人ってさ、大切な人に忘れられる頃が一番怖いんだよ。」
「・・・そんなの‥ただ小春がそう思ってるだけだろ…?」
「ううん、違うよ。」
そう言うと小春は、”何もいない”幸の後ろに目配せをした。
「どれだけ幸君が強くても…どれだけ幸君が忘れようとしても。それで幸君の辛さがなくなるわけでもないよ。それなら・・・私達に幸君の辛さを押し付けてくれた方が、幸君が独りで悩んで耐えるより、ずっとマシだよ。」
小春は必死に涙を堪えていたが、言い終わると堰を切ったように泣いた。幸はそんな小春を、ただ黙って見ていた。その時。
・・・ギュッ
「・・・!?」
誰かが幸を後ろから抱きしめた。幸はその正体がすぐに分かり、目を見開き驚いた。彼は急いで後ろを振り返る・・・。だが、そこには誰もいなかった。しかし
「・・・幸」
「は…?」
幸の後ろからは、確かに声が聞こえていた。それは、彼が何度も聞いた声、数えきれないほどに、聞き慣れてしまった声。
「ま‥い…?」
「・・・そうだよ、幸」
その声は、彼が嘗て愛した人・・・・そして、当時『全異能力を保持する最強異能力者』と謳われていた岩崎舞だった。
「な…んで‥」
「・・・お姉ちゃんに呼ばれたんだよ?」
「は…?」
幸は、信じられないと言わんばかりの表情で小春を見る。小春は、ゆっくりと顔を上げ言った。
「・・・確かに幸君は、幽霊が見えるし、幽霊の声を聴くことも話すこともできるよ。だけど、何故か舞の姿だけは視認ができなかったの。勿論、見えないのなら声を聴くことも話すこともできない。」
「・・・じゃあ…なんで小春は、舞を呼べた?」
「・・・それは、舞に聞いた方が早いんじゃないかな?」
彼女はそう言って、誰もいない空間を見る。そこには見えないだけで、確かに”岩崎舞”は存在していた。
「・・・お姉ちゃんは幸やミレイさんみたいに見えないし話せない、声も聞こえない。だけどね、私からお姉ちゃんの頭の中に直接話しかけることはできたんだよ。それで、私が死んだあの日から、ユウマたちはどうなったのか‥‥。そして、幸はどうしてるのかを全部聞いたよ。」
「・・・・」
「‥そしたらまあ、ユウマ君たちはまだいいとして、幸ときたら予想通り。幸、碌に寝ずに、渚紗ちゃんやお姉ちゃんが作ったご飯も食べずに私の写真ばっか見て・・・・流石の私もあの世からすっ飛んできたよ?これが予想できる私がある意味怖くなってくるよ。」
舞は幸の顔を見ながら、呆れ顔でそう言った。その口から出てくる言葉は、到底死んだ者とは思えないほどだった。そう思われるくらい、あっけらかんとした表情で話す様は、姿が見えなくても、まるで生きた人間と話しているようだった。
「・・・私も昔のマキちゃんと同じ。それを幸が知ってるとは思ってないけど、私も、幸が知らないところで幸の背中にいたんだよ。幸の背中に入った日からずっと、幸を守り続けてたんだよ。ほら幸、幸が何か危ないことをしようとすれば、誰かが止めに来てたでしょ?ハルトやユウマ、ハカちゃんやミレイさんやお姉ちゃん…全部、私がミレイさんやお姉ちゃんに幸のことを言ってたんだよ・・・。」
ここまで黙って聞いていた幸は、顔を上げ、見えない舞へと問いかける。
「・・・なんで、そこまでしたんだ?」
「・・・・は?ねえ幸・・・それ本気で言ってる?」
舞は、先ほどよりも低い声で幸に問を投げかけた。
「幸が私を大事なように、私も幸が大事。下手をすれば、大好きなお姉ちゃんよりね。・・・私はリンネに脳を潰されて殺されたけど、幸はまだ生きている。幸にはまだ、幸せに成る権利も、生きる権利だってある。・・・だから。」
そう言って、舞は幸をさっきよりも強い力で抱きしめた。顔は見えないが、声が震えていた。・・・舞は、泣いていた。
「だから…死にたいなんて思わないで。私が生きれなかった分まで、沢山生きて。私のことを忘れろなんか、そんな幸にとって酷な事は言わない。たとえ生きることが幸にとってどんなに辛くて、苦しくても、生きてよ。幸は私のお願いや我儘、沢山聞いてくれてたでしょ…?それなら・・・これが、私にとっての幸への最期の我儘だよ」
「・・・最後・・・なんかじゃッ」
「・・・もう時間がないの。今までは幸の背中に居られたけど、それも今日まで。だから、最後に・・・・”愛してる”って‥言ってほしいな…。」
彼女はそう言い、微かに彼の前へ姿を現した。その姿は生前と変わらず、濁らない赤い瞳、綺麗な黒い長い髪。ただ一つ、違う所は…彼女の目からは涙が溢れており、その頬は薄く紅色に染まっていた。
「・・・ああ。愛してるよ・・・。こんな一文字じゃ足りないくらい・・・言いたいことはあるよ・・・。だけど、これが最後なら…。次会うときは、舞が羨ましがるくらいの土産話を持ってきてやる。」
幸はそう言って、今できる精一杯の笑みを舞へ向けた。
「うん…!楽しみにしてるよ!幸・・・私も…。ずっと、愛してるよ・・・!」
その言葉を最後に、岩崎舞は、幸と小春の前から完全に姿を消した。
「舞・・・なん‥で…」
幸の限界は、とっくに過ぎていた。必死に止めていた涙が止め処なく溢れてくる。彼は、まるで子供のように大声を上げて泣いていた。泣き叫んだ。涙が、声が、枯れると言わんばかりに泣きじゃくった。小春はそんな彼を、優しく抱きしめた。舞のような、だけど少し違う暖かい手。幸は小春に縋って泣いた。そんな幸を見て、小春も声を殺して泣いていた。彼の憎しみや苦しみは計り知れない。誰も理解ができない。だけど、それでも少年は。彼は生き続ける。最愛の彼女との約束を果たす、その時まで。