気がつくと、悠佑は草原に立っていた。
「部屋にいたはずなのに…どこや、ここ?」
本来ならこんな非日常的な境遇に陥ったならもっと慌てふためくものなのかもしれない。が、何故か頭はもやがかかったようにぼんやりしていて上手く思考が働かない。
見渡す限りの草原。足元には綺麗な草花。時折柔らかな風が全身を撫でていく。
周りにはなんの生き物の気配もない。なのになにか優しいものに包み込まれているような、そんな安心感。
その場に寝転がり、目を閉じた。
草を踏む音がして、目を開ける。上半身を起こし振り返ると、少し離れたところに1人の少女が立っていた。
「君は…?」
問いかけてみる。しかし少女は微笑んだだけで答えなかった。
起き上がり、少女の元へと歩く。
ふと、どこかで見たことがある、と思った。しかしどこで会ったかはどうしても思い出せない。
儚げなその少女は、悠佑が近づいても逃げることはせずスっと手を差し伸べた。反射的にその手をとる。
そのまま少女に手を引かれて歩き出す。
道の先に湖が見えた。水は透明に澄んでいて光をあびてキラキラと輝いていた。
少女は湖の縁に腰掛け、悠佑に隣に座るよう促した。素直に腰掛ける。
しばらく無言の時間が流れた。
ほとんど初対面の、しかも年端も行かない少女との会話のない時間。なのに居心地が良くていつまでも続けばいいのに、なんて働かない頭でぼんやり考える。
あなたの歌を聞かせて
頭に声が響いた。驚いて横を向くと、少女がこちらを見つめている。
ああ、この子の声だ。
なんの抵抗もなく納得する。
歌、か。歌うのは得意だ。
悠佑は少しの間目を閉じ、この場に相応しい歌を考える。そして、ゆっくり息を吸うと、歌い出した。
悠佑が行方不明になって5日。未だなんの進展もなかった。
この5日間、何もしなかったわけじゃない。悠佑が行きそうなところはくまなく探し回ったし、近所でなにか犯罪が起きていないか調べたりもした。
何気ない風を装って悠佑の実家にも連絡してみたが、そもそも最近は忙しく連絡も途絶えがちだったらしい。
悠佑の定期配信日も過ぎ、リスナーの間でも心配の声が上がりはじめていた。
「アニキ、こまめに配信してたもんね。」
膝に顔をうずめた状態で、ホトケがつぶやく。
メンバーたちもそろそろ限界を迎えようとしていた。
ifは心配のためイライラしっぱなしで、仕事もろくに手がつかない状態だとか。
ないこも夢見が悪く、悠佑の身に危険が迫る夢を見ては飛び起きてしまうらしい。
初兎は日に日に目の下のくまが濃くなっているし、食事も取れないのかなんだかやつれてきたように見える。
ホトケはホトケで悠佑との思い出を口にしては涙をこぼしている。
りうらも、悠佑に何かあったらと考える度に胃がキリキリと痛む。
なにか手はないか、と連日ないこの家にあつまってはいるが、今のところなにも出来ずただただ黙り込んでしまっている。
沈黙が、重い。
「もう5日や。悠くん、どこ行ってしもたん…。」
黙っているのが辛くなったのか、初兎が涙声で言葉を落とす。誰も答えることは出来ないことはわかっていた。
しばらくして、ないこが消え入りそうな声でぽつりと言った。
「…みんな。もう俺らが出来ることはやった。ひょっとしたらもう俺らの手に負えないような事態になっている可能性も考えなきゃならないのかもしれない。」
「!!!」
「悠佑の実家に話して、捜索願を出してもらおうと思う。」
「ないちゃん!!」
「アニキが心配なのは俺も同じだよ。だけど、このままだとみんな倒れてしまう。そんなの、誰も喜ばない。もう警察にまかせて、日常に戻るべきだ。」
「っ、けど…」
「俺もまろも会社にこれ以上迷惑かける訳にはいかない。それに、俺らはいれいす。しかももうただのYouTubeじゃなくてメジャーデビューもしてるプロなんだ。いつまでも活動出来ません、なんてわがまま言う訳には行かないんだよ。」
「そんな…」
「リスナーに心配はかけたくないから、次の配信でアニキは今病欠ってことにしとくよ。みんなも合わせてね。」
「ないくん、でも…」
反論しようとしたりうらだったが、ifにそっと止められた。目線を追ってないこの手を見ると強く握りしめられ震えていた。
無言でifが背中をさすると、ないこはそのままifの肩に顔を埋めてすすり泣いた。
誰も、何も言えなかった。
でも、まだ諦めたくない。
そう、思った時りうらの頭に悠佑の家に行った時のことが思い浮かんだ。
そう、あの時、なにかがあったんだ。
見逃しそうな、でも見逃してはいけないような何か。
なんだったっけ…?
「俺、もう1回アニキの家に行ってくる。」
「え、りうら?」
「ごめん、あの時まろには言ってなかったんだけど、なんかが引っかかったんだ。」
「なんか、って何が…?」
「わかんない。でも、もうこれしか手がかりはない。もう一度行って、なにがおかしかったか確かめてくる。」
返事を待たず、りうらは踵を返した。
「まって、りうちゃん、今度こそ、俺も行く!」
「僕も!」
初兎とホトケが追いかけてきた。
「俺はないこを見てる。お前ら、頼んだ。」
「うん、わかった。ないくん、待っててね。」
そう言うと、子供組3人は悠佑の家へと向かった。
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