テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
鹿児島の空は、いつもより少し優しく感じた。
仁人の地元へ旅行に来て二日目。
天文館の賑わいを抜け、
桜島を眺めながらのんびり歩くはずだったのに、
仁人の一言で空気が変わった。
「なあ、勇斗。昔、俺が小学生の頃、ダンスの夢を馬鹿にされて落ち込んでた時、励ましてくれた人がいたんだよね。あの人、今どうしてるかな……まだ鹿児島にいるのかな」
仁人は遠い目をして、桜島の噴煙を見つめながら呟いた。
俺は、胸の奥がざわついた。
仁人がそんな風に過去の誰かを懐かしそうに話すのが、なんだか気に入らなかった。
「……へえ。どんな人だったんだよ?」
声が少し尖る。
仁人は気づかず、微笑んだ。
「優しいお兄さんみたいな人。 その人がいなかったら、俺、今ここにいないかも」
勇斗の眉が寄った。
「俺じゃなくて、他の誰かが仁人を救った」
——そう思うだけで、嫉妬が胸を焼く。
「ふーん。じゃあその人、相当大事だったんだな。 俺より?」
言葉が思ったよりきつくなった。
仁人はびっくりして勇斗を見た。
「え? なんでそんな言い方するの?
ただの思い出話だよ」
「ただの思い出話で、そんな顔する?
仁人の地元に来てまで、他の男の話かよ」
言い合いになった。
小さな声で、でも熱を帯びて。
傷ついた顔をしている仁人に、
俺は苛立ってホテルに戻るよう言い、
結局一人で観光に出かけた。
鹿児島の街は、
夕暮れが近づくとレトロな雰囲気を増す。
歩いているとふと目に入った狭い路地。
古い住宅と小さな店が並び、薄暗い路地裏に足を踏み入れた瞬間、
視界が揺れた。
霧のようなモヤが濃くなり、世界が歪む。
次の瞬間、勇斗は同じ路地に立っていた。
でも、空気が違う。
少し古びた看板、
子供たちの声、
遠くから聞こえるラジオの音。
——ここは、、、、過去?
フラフラと歩いていると、
路地の隅で膝を抱えて座る小さな男の子を見つけた。
黒い髪、大きな目。
間違いない。
小学生の吉田仁人。
「おい……大丈夫か?」
声をかけると、
男の子はびっくりして顔を上げた。
泣き腫らした目が、
俺ををじっと見つめる。
「……誰?」
「通りすがり。なんか、落ち込んでるみたいだな」
小学生の仁人は、唇を噛んで俯いた。
「クラスで、ダンサーになりたいって言ったら、みんな笑った。
『そんな夢、叶うわけないじゃん』って。
こんなに大好きで頑張ってるのに……なんで?」
声が震える。
勇斗の胸が締め付けられた。
今、隣で大人になった仁人が、
どれだけその言葉を胸に秘めて生きてきたのか、痛いほどわかる。
勇斗はしゃがみ込んで、優しく言った。
「笑う奴は、ただ自分の小ささを隠してるだけだよ。
お前が本気で好きなら、諦めずに続けろ。
努力は、絶対に報われる。
いつか、絶対に見返してやれ。
舞台に立って、みんなを驚かせてやれ」
小学生の仁人の目が、ゆっくりと輝き始めた。
勇斗の言葉を、一つ一つ嚙みしめるように聞いている。
「……本当に?」
「ああ。本当に。俺は知ってる。お前なら、できる」
話しているうちに、小学生の仁人は少しずつ柔らかい表情に変わってきた。
くしゃっと笑った顔が今と変わらなくてつい可愛いと口に出したら、耳まで真っ赤になっていて、そこも今も昔も変わらないんだなと実感する。
「ねえ、お兄さん派はさ、 何しに鹿児島に来たの?」
「旅行だよ。……喧嘩して、一人で観光してる」
「喧嘩? 一緒に来た相手と?」
「ああ。仁t……じゃなくて、相手の地元なんだ。ここ」
小学生の仁人は、少し考えてから、
真剣な顔で言った。
「きっと今頃、寂しがってるよ。
自分の地元なら尚更、一緒に見て回りたいって思ってるはず。
僕だったら……寂しくて、耐えられない」
その言葉が、心に刺さった。
子供の仁人が、自分を心配してくれている。
「早く戻らなきゃ」
——そう思った瞬間、
路地の奥から濃いモヤが立ち上り始めた。
その先に行けば、元の世界に戻れそうな気配。
別れの時が来た。
勇斗は小学生の仁人をそっと抱きしめた。
小さな体が、びくりと震える。
泣きそうに寂しそうな顔で、
勇斗のシャツを掴む。
「夢、叶えたら絶対また会えるから。
約束だ」
「……うん。絶対だよ、お兄さん」
勇斗は最後に仁人の頭を優しく撫で、
モヤの中へ歩き出した。
世界が再び歪み、光が弾けた。
——次の瞬間、
現代のホテルの部屋に戻っていた。
ドアを開けるより早く、仁人が飛びついてきた。
涙目で、肩を震わせながら。
「勇斗……!」
「仁人?」
仁人は勇斗の胸に顔を埋め、掠れた声で言った。
「さっき……なんか、変な夢みたいなの見たの。
小学生の頃、路地で落ち込んでた時、勇斗に似た人に会った気がして。
『諦めずに続けろ、努力は報われる』って言われて……
あの言葉のおかげで、俺、 今ここまで頑張れたんだ。
ダンスを諦めなかったんだ」
勇斗は、すべてを理解した。
タイムスリップした自分が、
過去の仁人に伝えた言葉。
それが、今の仁人を支えていた。
「……仁人、ほら。ちゃんと会えたっしょ」
勇斗は仁人を強く抱きしめ返した。
仁人の涙が、シャツに染みる。
嫉妬なんて、ちっぽけなものだった。
過去も現在も、仁人の心に自分は確かにいた。
仁人は顔を上げ、涙で濡れた目で微笑んだ。
「うん……会えた。
勇斗が、ずっと俺の支えだったんだね」
二人はベッドに座り、
窓から見える夜の鹿児島の灯りを眺めた。
桜島のシルエットが、静かに噴煙を上げている。
勇斗は仁人の手を握り、優しくキスを落とした。
「じゃー、仲直り。
お前の地元、明日はちゃんと一緒に回ろうぜ。
全部、見たい」
仁人は頷き、勇斗の肩に頭を預けた。
「うん。一緒に。
……ありがとう、勇斗。
過去の俺も、今の俺も、勇斗に救われたよ」
部屋に、穏やかな静けさが満ちた。
タイムスリップの不思議な夜は、
二人の絆を、
もっと深く、
温かく結びつけた。
外では、鹿児島の夜風が優しく吹いていた。
end
95