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八雲瑠月
十月上旬のいわし雲が広がる頃。 昼でも肌寒くなるメンドーな時期へと変わっていき、季節は秋色に染まっていく。
そんな色濃い物静かな時期にも関わらず、教室内はガヤガヤとうるせー雰囲気。
十月末の中間テスト、その後には文化祭が年間予定として組み込まれており、今はその出し物について話し合いが繰り広げられていた。
「担当表を作ったので、やりたい仕事を決めて名前を書き出してください! 早い者順でーす」
前方に立つ進行役の声に、「何やるー?」と騒つく教室内。
文化祭では一クラス一つ出し物をすると決まっており、前の話し合いで一年二組はクレープとなった。
ダリィー。
んなもん、わざわざ作らなくても買えばいーだろ?
なんでバイト以外で働かねーといけないんだよ。
まあどうせ、裏方の仕事が余るだろうと窓より見える遠くなった青空を眺めながら、クラスの奴らが役割を決めるのを待っていた。
「ねえねえ、一日目の調理やんない?」
「えー、生地焼くとかムズくないっ?」
「そっちじゃなくて、巻き巻きの方に決まってんじゃん」
「巻き巻きってー! ま、オモシロそうじゃん! ねー、未来?」
「うーん、そうだね……」
やたら視線を感じると一瞬だけそっちに顔を向けると、あいつと目が合ってガン無視しを決め込む。
あいつはいつもの仲良しメンバーで、やるつもりのようだ。女子三人か、……ま、どーでも良いけどよ。
ザワザワとした何かが、腹の中でスッと消えゆくのを感じる。
いや別に、どーでもいいけどよ。
女子の会話とかも、勝手に耳に入ってきただけだしよ。
しかしそのザワザワ感は、黒板に目をやった途端にフツフツ再燃してきやがった。
あいつが調理補助として担当する同時刻、あの男子グループがメイン調理担当として名前を書いていった。
こいつと内藤が見てないところで別の男子女子共が目配せをしていて、まあ気付いていないのは本人同士だけ、ってところだろうな。
くっだらねーな!
イラっとした俺は普段ではありえねーぐらいに大きな音をたてて立ち上がり、買い出し担当の欄に名前をデカデカと書き殴る。
誰も書くなよ、という牽制を込めて。
買い出しなら前日に用意して家庭科室の冷蔵庫にぶっ込んでおけば良いし、当日はサボっても問題ねーだろ?
そう思いながら俺は自分の席に乱暴にドカッと座り、窓より見えた二羽仲良く飛んでいる雀を眺めていた。
「誰か、他に買い出し係しませんかー?」
進行役の濁った声により、視線を戻すまでもなく、他の立候補が誰も居ねーのだと察せられる。
「俺一人で運ぶから、他の奴なんかいらねーよ」
珍しくクラスで発言した俺は、周りの視線を一気集めたことに全身が研ぎ澄まされた感覚がする。
なんだよ、こっち見んなよ。
ただでさえイライラしてんのに、何なんだよ、この違いは!
何とも言い表せない胸の奥にある苛立ちが、喉に刺さってイガイガしてきやがる。
あー、もう、どーでもいいし!
教室内の重苦しい空気を大きく吸った瞬間、その声が聞こえてきた。
「はーい! 買い出し係、立候補しまーす!」
「……はあ?」
その鈴を転がす可憐な音は、俺が吐き出すはずだった毒を綺麗に浄化してしまった。
「台車あるみてーだし、お前なんかいなくても、一人で充分なんだよ!」
「いくらなんでも、一人は無理でーす! 私もやります!」
「女なんていらねーよ!」
「私、力には自信があるのでぇ」
戯けた声に、俺の体内に溜まっていたはずの毒までもがどんどんと中和されていく。
「ねぇ未来、辞めておいたほうが……」
あいつと連んでいる女子共が、耳元でボソボソっと囁いている声が聞こえてくる。
ああ、辞めとけ。俺なんかと関わっても、ろくなことねーから。
「えー。だって、面白そうだし。私、買い出し係に変えようかなー?」
こいつの突拍子もない発言に教室内は「ええっー!」と湧き立ち、ザワザワザワと嫌な賑わいが起きていく。
「何言ってるんだぁ、お前はー!」
思わず俺は手を付いて立ち上がり、素っ頓狂な声を響かせちまった。
クラスの、かわいー奴(他の奴が勝手に言ってるだけだから、俺は知らん!)が調理補助すると、それだけで売り場が華やかになる。
それなのにこいつは自分の価値っていうものを全く理解してないようで、トンデモねー発言してるっていう無自覚っぷり。
おい誰か、軌道修正してくれ。
俺には、ムリだ。
「……お、俺も両方やります。だから未来ちゃんも、そうしようよ」
あまり自分から発言しない奴までが立ち上がり、口を挟んでくる。
内藤だ。
その声は震えており、どれほどの心意気で告げているのかが察せられた。
「えっ、手伝ってくれるの? わぁ、ありがとう! じゃあ、私も両方させてもらおうかなぁ?」
まるで語尾にハートマークでも付けたような話し方をするこいつは、華がフワフワと舞ってると錯覚をさせるような笑みを浮かべる。
……お前って奴は、本当に。
無自覚な人たらしほど、恐ろしいものはないな。全く。
それにより。こいつとツルんでいる女子二人、男子三人との計七人の買い出しグループが出来た。
別にそんなのいらねーのに、余計なことしやがって。
そう思ってるとロングホームルームは終わるが、どうにも休み時間の教室内は居心地の悪く、いつもの場所で時間を潰そうと階段に向かって廊下を歩いていく。
「藤城くんって怖くない?」
「未来、関わらない方が良いよー」
下りの階段に用事があるってゆうのによ、屋上に続く階段の方から奴らの声がボソボソと聞こえてくる。
あいつと女子共だ。
まあ言い分は、至極当然。
俺は何でもねーフリをして下りの階段に足を下ろすと、一つの言葉が落ちてきた。
「え~、全然そんな人じゃないよー」
あいつの戯けた声に俺は思わず足を止め、通行のジャマと思われねーように端に身を寄せていく。
「本当にぃ?」
「うん。こないださぁ、たまたま外で会ったんだけど。急に具合悪くなっちゃってしゃがみ込んでたら、ベンチまで連れて行ってくれて、座らせてくれたんだよね。あれ、優しい人じゃない? みたいなぁー」
ノリよく、俺との関係を悟られないようにフェイクを挟みながら話しているこいつ。
誰に対してもこれぐらいのフォローをするバカ親切な奴だと分かってるが、それに対して俺の胸が熱くなっていく。
やべえ、こんな顔誰かに見られた日には……。
ダルそうに俯いて頭を掻き、手で顔が見えないようにと気を張っていると、その声が聞こえてきた。
「え、また具合悪くなったの?」
「確か、中学からだよねぇ? マジで、そろそろ病院行った方が良いんじゃないのー? お母さんに、ちゃんと話してる?」
中学から具合が悪い?
その話に、悪趣味だと分かっているが俺は女子の会話を聞き続けてしまっていた。
「あ……、いや、あの日は暑さのせいでさー。ありがとう、気遣ってくれて」
「もー、未来は気ぃ使い過ぎー! 家のこともやってんでしょー?」
「まあ、ウチはお母さんが大黒柱だからねー」
ハハッと戯けて笑う声は、取り繕ってんじゃなく本心だと取れる。
「……お母さん、再婚……とかは?」
「ないない! お父さん一筋の人だし。十五年かぁ、なかなかすごいよねー」
こいつん家、母子家庭なのか?
俺の中でザワザワとしたものが立ち込めていく。
なるほど、なんか合点がいった。
あそこまで料理出来るのは、毎日作ってたからかよ。
フツーの家庭じゃねーから。
それを免罪符にしていたのによ、まいっちまうよ。
こんなマトモに育ってる奴とかいると。
「っかさぁー。内藤くんも心配してたよぉ? 未来ちゃん、いつも具合悪そうだって」
「えー、そんなことないよー」
「でも、夏休み前だって。あ、きたきた、こっちこっちー!」
俯いていた俺は気付かなかったが男子三人が横を通り過ぎていたようで、どうやらまた二人を引き合わせるように策略していたようだ。
またイガイガとしたものが立ち込めた俺は、勢いよく階段を駆け降りていき、いつもの旧校舎前から、空を見上げる。
こっからは屋上に続く階段は見えねーし、声も聞こえねーぞ。
ジャマしなくていーのか?
そんな考えからポケットに入れておいたスマホを出すが、力無くそっと戻す。
何が違うかだって? 全てが違うんだよ。
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