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八雲瑠月
十一月中旬、町の景色が紅葉色に染まる中。 完成したと歓喜の声を上げながら、教室前に看板を立て掛ける美術部員。
机や椅子を動かして調理器具を並べていく準備係。
そして俺たち買い出し係は担任より金を渡され、台車を押して近所のスーパーへとゾロゾロと歩き出す。
まったくよ、上旬は中間テストでピリピリとした空気が立ち込めてて、二日前までテスト返しで教室内がドヨーンとした空気だったのに、この変わりようは何なんだ?
進学に響くとか、小遣い減らされるとか、どーでもいいことばかり言いやがって。
本当、くだらねー。
担任に預けられた封筒入りのジップロックを持つ手に力が入り、努めて緩める。
『あ、このスーパーはお高めだよ』
『えーと、ここは品質がねぇ』
『果物は八百屋さんが、水々しくて美味しいの! でね、卵は直売店の新鮮で安くて美味しくておすすめだよ! 薄力粉はスーパーオリジナルメーカーが良いよ!』
『じゃあみんなで手分けして電話予約!』
俺が買い出し係のメインだっていうのに、あいつは店選びから首を挟んで来やがって、「この店は高い」だの、「食材の品質が」だの、近所の八百屋だったら大量購入は値引きしてもらえるとか言い出し交渉までし始めやがった。
「ありがとうございましたー!」
親しげに八百屋の親父と話したこいつは、大きく手を振り店を後にする。
まったく、なんなんだよ。
おかげでこれらの食材、全部安く買えちまったじゃねーかよ。
しみったれた主婦みたいなこと、してんじゃねーよ。
「未来って、本当に節約上手だよねー」
「趣味だからー」
女子高生のどんな趣味だよっと頭の中でツッコミつつ、まあ悪くねぇなっと思う俺は一人の女性が浮かんでいた。
「……あ」
思わず立ち止まったことにより、後ろに歩いていた内藤とぶつかる。
「わ、ごめんねっ! 大丈夫?」
「別に!」
どう考えても俺が悪りぃのに、咄嗟に謝れ相手を気遣えるこいつ。
振り返ることは叶わず、俺はただ先頭で台車を押すことに徹する。
夕方五時、空にオレンジと紫が混じる黄昏時。
家庭科室にある大型冷蔵庫に食材をぶち込み、買い出し係の仕事が終わる。
「お疲れー。帰ろうか?」
女子共の声はやたら浮ついており、何かあるのだと察せられる。
まあ、別に俺には関係ねーし。そう自分に言い聞かせ、こいつらに手伝ってくれた礼も告げられず家庭科室から出て行く。
「藤城くん、落としたよ?」
そんな俺に駆け寄ってきたこいつは、四つ折りにされた紙切れを俺に差し出してきた。
「はぁ? 俺のじゃねーし」
そう断言出来たのは、それがピンクの紙色だったからだ。
「じゃーね」
あいつは話など聞いておらず、俺の手に握り締めさせたかと思えばグループに戻って行きやがった。
何だ、あいつ?
いつもの俺なら一軍女子から渡された物なんてトラブルの元になるからと開かないが、指は衝動的に動いていた。
ん?
紙切れは横線の便箋であり、内容は文章でも手紙でもなく、ただの買い物メモだった。
魚
栗
落花生
海苔
苗
蜜柑
金柑
味醂
ちくわ
デザート
マスカット
月見団子
ティラミス
豆大福
スイーツ
「……なんだこれ?」
あいつは一体何を考えているのか?
紙切れを見つめ、呆然としてしまった。
夕方六時、日がすっかり短くなり空は暗く澄んだ空気により一番星がキラキラと輝く頃。俺は並木道を、一人走っていた。
ったくよ、桜の並木道って言ってもどんだけ広いと思ってんだ?
俺が通っていた中学校の校舎付近に続く並木道は、軽く一キロ以上はある。昼間ならすぐに視認出来るだろうが周囲は薄暗く、街灯を頼りに歩いていた。
この場所は、春は桃色の桜が咲いていて名所と呼ばれるが現在は秋中盤。落葉樹である桜の木からは、はらりはらりと一枚ずつ葉が散っている。
本当にここに居るのか?
俺の思い上がりか?
解釈違いってやつか?
頭の中でグルグルと思考を巡らせていると、ふっとあいつとここで出会った日が脳裏に過る。
「あれは……、確か!」
あいつに声をかけられた桜木の前に訪れ、木々を見上げる。そこにはサワサワと風で揺れ、葉が舞う幻想的な景色があった。
あの日のあいつは、まるで桜の精みたいだった。鈴が転がるような美声に、桃色の花弁を舞わせたと錯覚するほどの微笑み、怒鳴った俺に怯みつつも自我を見せてきた芯の強さ。
学校では関わるなと言ってるのに、買い出し係に立候補なんかしてきやがってよ。……おかげで、クラスの連中に暴言吐かずに済んだじゃねーか。
なんなんだよ、あいつは? なんで、居ないんだよ。なんで胸にポッカリ穴が空いたような錯覚を起こすんだよ、くだらねー。
唇をグッと噛み締め、その場所に背向けた途端。
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