テラーノベル
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その日は、ラバウルに来てから一番と言っていいほど、雲一つない美しく晴れ渡った日だった。
けれど、滑走路に漂う空気は、いつものそれとは全く違っていた。
ガタルカナル島を巡る戦況は日に日に悪化し、連日の長距離飛行で、僕たちの体も機体も限界を迎えつつあった。
「速中」
出撃直前、自分の零戦に向かおうとした僕の肩を、笹井中尉が呼び止めた。
振り返ると、中尉はいつも通りの仕立ての良い軍服に身を包み、スマートな佇まいで立っていた。
けれど、その端正な顔には、隠しきれない深い疲労の影が滲んでいる。
「中尉、どうかされましたか?」
「いや……」
笹井中尉は少しだけ目を細め、眩しそうにラバウルの青空を見上げた。
「お前は、まだ十六歳だったな。……こんな過酷な空に付き合わせて、すまなかった」
「何をおっしゃるんですか! 僕は中尉の二番機です。どこまでだってついていきます!」
僕が必死に声を張ると、中尉はふっと目元を和らげた。
その顔は、初めて会ったあの日に壁にもたれて珈琲を飲んでいた時の、あの優しい先輩の顔そのものだった。
中尉は僕の頭にポン、と大きな手を乗せると、静かに僕を見つめた。
「速中。もし、この空で離ればなれになって……また何処かで会えたなら、うまく笑おうな」
「え……?」
「俺は、そのために飛んでいるのかもしれない。……いいな?」
それが、僕が聞いた、笹井中尉の最後の言葉だった。
「中尉! 無茶はしないでください!」
滑走路の端から、斉藤整備兵曹が叫び、坂井一飛曹や宮部一飛曹も、それぞれの機体から厳しい表情で中尉を見つめていた。
けれど中尉は、ただ一度だけ僕たちに美しく手を振ると、白銀の翼を翻して大空へと舞い上がっていった。
――激戦だった。
ガタルカナル島の上空は、味方の曳光弾と敵の黒煙が入り乱れる、文字通りの地獄だった。
僕は必死に笹井中尉の三色尾翼を追いかけた。
大石も、坂井さんも、宮部さんも、誰もが自分の命を守り、敵を屠るために必死に暴れ回っていた。
けれど、乱戦の最中。
強烈なGで一瞬だけ視界が真っ赤に染まり、次に目をあけた時――。
前方を飛んでいたはずの、あの中尉の美しい三色尾翼の姿が、どこにもなかった。
「中尉……? 笹井中尉! どこですか!」
伝声管に向かって、喉がちぎれんばかりに叫んだ。
けれど、返ってくるのは不気味なノイズと、自分の荒い呼吸音だけだった。
隣を飛ぶ宮部一飛曹の零戦が、悲痛なほど激しく首を振り、必死に空を捜索しているのが見えた。
「嘘だ……嘘だろ、待てよ……待て待て待て待て!!」
あの日、出会った時に心の中で叫んだマヌケなツッコミが、今度は涙と共に口から溢れ出た。
けれど、どれだけ目を凝らしても、ラバウルの深く透明な青空は、ただ静かに僕たちを見下ろしているだけだった。
夕暮れ時、僕たちの小隊は、一機の白い零戦を失ったまま、ラバウルへと不時着するように舞い戻った。
エンジンを止めた滑走路には、ただ、耐え難いほどの静寂だけが広がっていた。
コメント
3件
まってまってまって…😭💦 「また何処かで会えたなら、うまく笑おうな」って… もうその一言だけで涙腺崩壊したんだけど!!🥺💔 雲一つない晴天と、ラバウルの静寂の対比が切なすぎるよ… 中尉のあの優しい先輩の顔も、最後の手を振る姿も、全部が尊くて苦しい。 速中くんの「待て待て待て!!」って叫ぶとこ、胸が張り裂けそうだった…😢 このお話、リアルな戦場の空気感がすごく伝わってくる…心に刺さりまくり。 次どうなるの?!続きが気になりすぎて夜しか寝れないんだけど!!🌸
#闇
雪園 吹花
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