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長谷山先輩に頼んで受けることが出来るようになった仕事先の面接。先輩の知人の白極さんから指定された日時に会社の傍にあるという喫茶店で待ち合わせ。
……白極なんて随分怖そうな名前だけれど、流石に名前通りの人が来たりはしないわよね?
腕時計で時間を確認すると約束の時間五分前、そろそろ白極さんが来るかもしれないと思いもう一度スーツの襟を直してみたり。
さっきまで曇っていた空にいつの間にか晴れ間が広がり、窓ガラスから差し込む眩しい日差しに目を細めた。
ちょうど、その時――
「お前、そこどけよ」
……はい? いきなり私の隣に現れた男性が、なぜかこっちを睨んでみている。言われたことの意味が分からず首をかしげると、その人はややイラついた様子を見せて……
「その席は俺が座るからどけって言ってるんだ。お前、ちゃんと耳が聞こえてねえのか?」
初対面の相手になんて態度で接してくるんでしょうか、この男性は。あまりの言い方に驚き、失礼な態度に怒る事も忘れてしまった。
「いえ、私もここで人を待っていまして……」
そう……白極さんは私の事がすぐに分かるようにと、このテーブル席を指定してきたのだ。今ここを移動すれば、白極さんが困る事になる。
「俺が言っているのはその席をどいて、そっち側の椅子に座れって事だ。そんな事までいちいち説明しないと分からないのか?」
彼が指さすのは、このテーブルの向かいの席。何のために私がそんな移動をしなきゃいけないのか全く理解できない。 それにそんな言い方をされて素直に「はいはい」と言うような可愛い性格もしてなくて。
「じゃあ、貴方がそっちに座ればいいんじゃないんですか?」
そう言い返してジロリとその男性の事を睨み返そうとしたのだけど……
「はあ?」
すぐに私に向けられた彼の凶悪な微笑みを見て、私は荷物を持ってそうっと向かいの席へと移動した。多分……いや、この男性は絶対に堅気の人じゃない!! それくらい彼の笑みには恐ろしいほどの迫力があったのだ。
私が席を移動すると彼は「フン」と鼻を鳴らして、先程まで私が座っていた席についた。どうしよう、このままじゃ白極さん困るだろうな……
何とか別のテーブルに移動してもらえないかと、そっと男性をのぞき見する。さっきは驚きや恐怖でちゃんと顔を見ていなかったのだけれど……
「……え?」
静かにメニューを見ている男性は、背が高く紺のスーツをスラリと着こなしている。癖のないサラサラの黒髪を後ろに流して、キリッとした眉に切れ長の瞳そして鼻筋はスッと通っていた。
その人は信じられない事に、モデルや俳優になれそうだと思うほどの極上の容姿を持つ男だったのだ。
店員を呼ぶその仕草も、メニューを指差し注文する姿もどれもかっこよく見える素晴らしいルックス。この男性のとんでもない中身を知らないウエイトレス、周りの女性客の視線が彼に集まっているのが分かった。
当の本人は私が先程まで座っていた席で、窓から差し込む日差しに眩しそうに目を細めている。
……何でわざわざここに座ったの? お願いだからどこか別の席に移ってよ。
出来る事なら私がここから移動したいのだが、白極さんがまだ来ない以上ここから場所を変えるわけにもいかなくて。ただ前に座る男にビクビクしながら白極さんに早く来て欲しいと願っていた。
「お待たせしました」
男性が注文したアイスティーがテーブルに置かれる、何かメモ用紙のようなものが挟まれてるけど彼は気にしない。
男性はアイスティーを一度口を付けるとそれを横にずらし、私が顔を隠すのに使っていた履歴書などの入った大きめの封筒を勝手に奪い取った。
「え? あの……」
封筒を持ったまま、私を上から下までジロジロと見てくる極上の男。ねえ、これはいったい何が起こってるの? これから白極さんに渡さなければならない封筒を取られて、変な男の無遠慮な視線にただ戸惑う事しか出来ない。
「ふーん。で、お前の名前は?」
「……はい?」
なぜ初対面なのに、私だけがこの人に名を名乗らなければならないのでしょうか? しかも貴方は何故、それが当然と言わんばかりにふんぞり返ってるんですか?
「はい? じゃねえよ。名前は三ノ宮……何?」
「凪弦です、凪に弦で……三ノ宮 凪弦」
この男性が私の苗字を知っている事で、ついつい名前を答えてしまったけれど。この席に座って、私の苗字を知っていらっしゃると言う事は……もしかして、アレですかね?
嫌な予感で、背筋につつーッと汗が流れていくような気がした。こちらの席は日陰になっているというのに、変なドキドキで身体が熱くなっていくような気がする。
「三ノ宮 凪弦か。長谷山から聞いているとは思うが、俺の名前は白極 樹生。樹に生きるで樹生だ」
どこまでも偉そうな上から目線のまま私に名乗る男性に、私は「はあ」と返す事しが出来なくて。そうですよね、やっぱり貴方が白極さんですよね……
ごめんなさい。なんとなくそうなんじゃないかと思ってたけど、違う人であって欲しいと心から願っていました。
そんな私の視線に気付いていないのか白極さんは私から奪い取った封筒を開けると、その中に入っていた履歴書や職務経歴書を取り出しじっくりと眺めはじめた。