朝が来た。
窓の外が明るい。
また、今日が始まるのだ。
「…いや、だなぁ…。」
コンコンッ(扉叩
「…!」
母「qn?起きてるの?」
「…うん、ごめんね。早く降りるね。」
母「…はぁ、起きてるならさっさと降りてきなさいよ。面倒くさい。」
「…ごめん、」
母親はいつも俺を邪険に扱う。
別に、もう慣れたからそこまで苦しくはないけれど。
そう考えながら、俺はリビングに入った。
「おはよ、」
父「……。」
今日も無視。
いつもと同じだから、まぁそこまで気に負うことはないけれど。
でも、本当の地獄はここから始まるんだ。
父「さっさと朝飯を用意したらどうだ。」
「うん、そうだね。今すぐ作るね。」
この家の家事は全て俺がこなす。
料理も、洗濯も、掃除も。
小学校に入学してからだろうか。
家事を全て教えられ、任されるようになった。
もう、10年も経つんだな。時の流れは早い。
いつもの朝食。父はパン派なので、毎日トーストを焼いている。
「…パン、無い…。お父さん、パンないんだけど、ご飯でも良い?」
父「…無いだと?あれほど在庫を確認して買ってこいって言ったよな。」
「…っ、う、ん…。」
父「なのに何故無いんだ?お前の確認不足か?俺は毎日パンを食べると言ったよな。他のものは受け付けないと。」
「……はい、」
父「返事などしてないで、さっさと買ってこないか!!」
「…っはい、ごめんなさい、!」
急いで靴を履いて外に出る。
お金は、必死に毎日働いて貯めている貯金から出す。
お小遣いなんてもらった覚えがない。
小さい頃はまだ、母親が買いに行ってたっけ…。
懐かしみながら、10分ほど歩くと、スーパーが見えてきた。
「…パン…。」
パンコーナーについた。
いつもの食パンを手に取る。
店員「ポイントカードはお持ちですか?」
「…ないです」
店員「すぐ発行することはできますが…。」
「大丈夫です。」
店員「では、お会計576円です。」
「…はい。」
店員「では、24円のお返しです。ありがとうございましたー。」
「…。」(辞儀
スーパーを出る。
結構時間がかかってしまった。
早く帰らないと…。
「…ただいま」
父「…っ遅い!何分待たせるんだ!!」
「…ごめん、なさい。ちょっとパン探すのに時間かかっちゃって…。」
父「そんなの知るか!!黙れ!!」(殴
「…ぃっ、!」
父親に殴られた。
頬が痛い。
少し、血が出ている気がする。
…。
「…ごめんなさい、すぐ作ります。」
父「さっさとそうすれば良いんだよ。ゴミが。」
「…はい。」
ご飯を作り始める。
パンにマヨネーズを塗り、チーズを乗っける。
パンとチーズの間に薄くマヨネーズを塗るとさらに美味しくなるのだ。(オヌヌメダオ!)
トースターにパンを入れ、パンを焼く。
その間にフライパンに卵を入れ、スクランブルエッグを作る。
スクランブルエッグは俺のお気に入りだ。
まだ焼き上がるまでの時間があるので、野菜を切ってサラダを盛り付ける。
ちょうどパンが焼き上がったみたいだ。
「お父さん、お母さん。ご飯できたよ。」
母「はぁ、まったくもう。遅いわねぇ…。」
父「…っ、なんだこれは!こんなまずいものを食わせようとしているのか!!」(皿払
「……!」
がしゃん、と音がして、お皿が落ちる。
その拍子に、俺が作った料理も床に落ちる。
「お父さ、!」
父「なんだ?」
「なんで、落として…」
父「っは、なんでって…。まずいからに決まってるだろう?もういい。仕事に行ってくる。」
「…!ぁ、これ、お弁当…。」
父「そんなまずいもの、昼にも食べろっていうのか?コンビニの飯のほうがうまいから、いらねぇよ。うせろ。」
「…そぅ、だよね。ごめん。」
父「はぁ…。お前のせいで朝からイライラしっぱなしなんだけど?どうしてくれんだよ…、!」(腹蹴
「…っがは、!?…っごほ、ごほ、げほっ…。」
父「っは、その顔、いいな。痛みに歪んだ顔…。」
「……っ、」(睨
父「…なんだ?その目は。」(頭掴
「…ぃあ”っ、」(歪
父「……。」(腹殴
「っぅ”〜〜〜!?」
父「…もう俺にそんな目を向けるんじゃない。」
「…はぃ、」
父親がやっと仕事に向かった。
これから俺は学校に行かなければならない。
その前に、怪我の手当を…。
「…お母さん、」
母「…なによ、」
「絆創膏って、ある…?」
母「なにに使うの?」
「手当を…。」
母「あぁ。また殴られてたものね。」
「ぅん、だから、絆創膏を…」
母「あげないに決まってるじゃない。そんな傷、あんたにお似合いよ。」
「…っ、そっか、ごめん。学校行ってくる、ね。」
母「……。」
無言。
返事なんてこない。
傷がズキズキと痛むけれど、長袖を着て学校に向かう。
外は暑く、汗が大量に噴き出してくる。
暑い…。水筒、持ってこなきゃだったなぁ。
まぁ、俺の水筒なんてないけど。
俺が受けているのは、一種の虐待のようなものなのだろうか。
物心ついたところからこのような感じだから、これが俺にとっての普通だ。
「愛」について考えてみたことはある。
ある恋愛小説を学校で読んだことがきっかけだ。
ある男はある女が好きで、いろいろな困難がありながらも結ばれる、という物語だ。
その話を読んで、「愛」を知ってしまった。
求めるようになってしまった。
「愛されたい」
日に日にその気持ちが大きくなっていくのを感じた。
【教室】
ガラガラッ
「……。」
自分の教室に着いた。
ここには、俺の居場所がある。
なぜかって?
or「qn!!おはよー!!」
「or、おはよう!」
そう、orがいるからだ。
彼と出会ったのは、新学期が始まった時だった。
「…クラス、ここか…。」
新しいクラス。知らない人達。
怖い、と思った。
もしも、このクラスでもいじめに遭ったら?
そうしたら、俺はもう、生きていられないかもしれない。
唯一の居場所を探して教室に入る。
教室の中はとても賑わっていた。
どうやら、女子グループがもう出来上がっているらしい。仲良さげに話している。
でも、俺が話せる人は誰もいなかった。
知らない人ばかり。今年はクラス運がついていない。
そう嘆きながらも自分の席を確認し、座る。
教科書を手に取り、机にしまう。
まだSTまでには時間があるようなので、ぼーっとしてみる。
すると、突然声をかけられた。
or「ねぇ、そこの君!初めまして、俺はor!君は?」
キラキラとした笑顔で話しかけてきた、orという青年。
「…qn。」
or「qnっていうんか!qn、よろしくな!席隣やし!俺も、あんま喋れる人おらんかったんよね〜。」
そう笑っているor。どうやら、席が隣のようだ。
若干関西弁が混ざっているor。関西の人なのだろうか。
「…or、関西の人なの?」
or「え?あぁ、うん。そうなんよ〜。てか、なんでわかったん?」
「方言。」
or「え!まじ?方言でとった?隠しとるつもりやったんに〜…。」
「…ふふ、全然隠れてないよ、w」
or「…!やっとqn、笑った、」
「え?」
どうやら、少し笑ってしまったらしい。
嬉しそうなorに指摘されて初めて気づく。
無意識に笑うのなんて、いつぶりなのだろう。
or「ふふ、よろしくな?qn!」
「…うん!」
orに抱いていた少しの恐怖感がなくなり、素の自分が出てくる。
この人なら、受け入れてくれるかもしれない。
この人なら、愛してくれるかもしれない。
そう考えると、これからの生活が、これからの学校が、とても楽しいものに見えてきた。
友達って、不思議だ。
「どうしたん?qn。ぼーっとして。」
or「ううん、なんでもない。」
「ほんま?辛かったら言ってや?」
「うん、ありがと。」
or「んふ、それでええんよ。」
嬉しそうに笑ってくれる君に、こちらも笑顔を返す。
俺の健康を気遣ってくれるのは君だけだ。
…そういえば、俺、虐待を受けていること言ってないよな…。顔に出てたのかな。気をつけよう。
orは優しい。
間違いなく、俺を友達としてみてくれている。
…でも、最近orの態度に対して、疑問を持つようになった。
それは…
女「ねぇ、qn。ここちょっと教えてくれない?」
「うん、いいよ。えっと、ここはね〜、」
or「qn、何しとんの?」
「or!⚪︎⚪︎がね、ここを教えて欲しいって…」
or「それ、絶対にqnじゃないといかんの?」
女「…ぃや、別に、他の人でも良いけど…」
or「じゃあええよな。qn、行こ。」
「え、いいの?」
or「いいんよ、ほら、行こう?」(手伸
「…!うん!」(手握
「あははっ、それはやばい、w」
男「だろ?wまじびっくりしてさww」
キーンコーンカーンコーン
「あ、やば、チャイムなっちゃった!」
男「まじか!じゃあ、また後で話そうな!」
「うん!」
or「…なぁ、qn。」
「ん?どうしたの?」
or「…さっきのやつとなんで笑ってたの?」
「へ?なんでって…。面白かったから…?」
or「…ふーん。qn、お願いがあるんやけど。」
「何?」
or「もうあいつとは喋らんでくれん?」
「え?なんで?」
or「…qnは、俺よりあいつの方が大切なんか?」
「…!それは絶対に違うよ、!orは、俺の1番の友達だよ!」
or「ならええよな?qnは、俺がいればええもんな〜。」
「う、うん…。」
or「…怖がらせてごめんな、大丈夫?」(頭撫
「うん、大丈夫だよ。ありがと。」
or「ふふ、かわええ。」
「んなっ!//」
or「顔赤いで?qn。照れとるんか?w」
「照れてないわ!!w」
or「qn?」
「っは!どうしたの?」
or「いや、今日ぼーっとしてばっかやね。睡眠不足?ちゃんと寝れとる?」
「…まぁ?」
or「なら、今寝てええよ。ほら、膝枕とかしたろか?w」
「大丈夫!wそんなめっちゃ眠いってわけじゃないし!w」
or「そう?ならええけど。」
「ほら、授業始まるよ。」
or「ほんまや…。いややぁ…、」
少しだるそうに机に突っ伏したor。
どうにかしてやる気を出させないと…。そうだ!
「ふふ、頑張って、or!」(頭撫
いつも、orがしてくれるみたいに頭を撫でる。
or「…!はぁ、もう、ほんまにさ…。」
「ん?」
or「いや、なんでもないわ。qnに頭撫でてもらえたで、頑張ろうかな〜!」
「うん!頑張れ!」
昼休み
男「qnー!!」
「ん?どうしたの?」
男「なぁなぁ、これ見て!」
「…?…っwwやばww」
男「だろ?ww」
別の男友達が喋りかけてきて、動画を見せてきたと思えば、それはとても面白い動画だった。
ついつい口角が緩んで笑ってしまう。
男「まじでこの人の動画面白いんだよ。また上がったら見せるわ。」
「うん、ありが____」
or「qn?」
俺の背後から低い声がした。思わず振り向いてみると、そこに立っていたのはorだった。
でもその人は本当にorなのか、と思うくらい、冷たい目、表情をしていた。
or「楽しそうやね。」
「う、うん、」
or「何の話しとったん?」
「えっと、動画の話を…?」
or「…ふーん。なんか、俺と話しとる時よりも楽しそうやったね。」
「へ、?」
orの雰囲気がさらに暗くなる。
だんだんと気まずい空気が広がっていく。
さっきまで話していた男の子が目を背けながら離れていく。
or「…なぁ、質問に答えろや。」
「…っ、そんな、つもりは、なくて…。」
or「じゃあ、なんで笑ったったん?」
「…え、?」
or「俺の前では、あんな屈託なく笑わんやん。なんでなん?」
君の声が怖い。
怒っているような、悲しんでいるような、そんな震えている声。
orの感情がわからない。
でも、一つだけわかる。
それは、orの目がいつもよりずっと冷たいことだ。
or「はぁ、なんも言わへんのか。」
「…ゃ、ごめ、」
or「…っち、」(腕掴
「…っぃた、!」
君が俺の腕を強く掴む。
その力が強すぎて俺の顔が思わず歪んでしまう。
or「…!qn、ごめんな!」(手離
「…っひゅ、」
or「大丈夫か?絶対痛かったよな、ごめんな…。ほらこれあげる。グミ、好きやろ?」
orがやっと手を離してくれた。
と思ったら、ポケットからお菓子を取り出した。
「うん、好きだけど…」
or「qnと食べようと思って買ったんやで?これ、限定品やねん。隣町まで行って買ってきたんよ〜。」
orがまた可愛い笑顔を浮かべながら話す。
それは先ほどまでとは違う、いつものorだった。
「…ありがと、」
or「おん!一緒に食べよーや、」
「うん、…。…!美味しい!」
or「やろ?!これめっちゃ美味かったから、qnにも食べて欲しかったんよ〜!」(頭撫
そう言ってorは俺の頭を撫でる。
その手はさっき君が掴んできた手と同じ手だった。
でも、今は優しく撫でてくれる。
少しの疑いと苦しみ。
でもそれは、グミの甘い味に書き換えられていった。
帰りのST終
or「なぁ、qn。今日時間あるか?」
「え?うん。委員会の後でいいならあるよ。」
or「よかった。じゃあ3階の空き教室まで来てくれん?」
「うん、わかった。」
STが終わった後、orと約束をし、委員会に向かう。
一体空き教室でなにをするのか。
orの意図がわからないが、きっと大丈夫だろう。
終
「んー…。疲れた…。話長すぎだよ…。あ、そうだった。」
委員会が無事終わった後、orとの約束を思い出し、3階に向かう。
ガラガラッ
教室の扉を開けるとそこは、ひどく静かな空間だった。
「or?まだ来てないのかな…。」
or「…待っとったで、qn。来てくれてありがとうな。」
「わっ、!もー、びっくりしたじゃん!w」
or「……。」
orに笑いかけると、向こうも微笑んでくれるが、その笑顔はどこかおかしい。
その笑顔の中に何かが潜んでいるような気がした。
「…or、?」
or「…qnさ、最近他の人と話すこと、多いよな。」
「ぇ、あ、うん…。そうだね…。」
or「俺、寂しかってんけど。」
「ごめん、そういうつもりは…。」
or「…qn、俺だけみててや。」(顎掴
「ぃ”っ、!力、強いよ、or…。離して…、!」
orが俺の顎を強く掴んでorの方を向かせる。
当たり前に目が合うが、やはりorの目が笑っていなかった。
無理矢理、と言っていいほど強く掴んでいるので、俺の顎に痛みが走る。
or「……。」(離
「っ、、。ねぇ、or…、最近、こういうこと多いよ…?こういうの、痛いから、やめてほし、…。」
orに訴えようとしたが、俺を殴る父親の姿が脳裏をよぎり、言葉が止まる。
orはこちらを無言で見つめている。
「ね、ねぇ…、or…?なんか喋ってよ…。なんか、怖いよ…?」
or「……。」(微笑
「…、!」
急に微笑むor。先ほどの雰囲気とは打って変わり、いつものほんわかとした雰囲気が漂う。
or「これは、『愛』なんよ。」
「…え、?」
or「痛いのとか、苦しいのって、なかなか忘れられんやろ?だから、qnが辛い時でも俺のことを思い出せるように。」
意味がわからず、頭の中がハテナとほんの少しの恐怖で埋め尽くされる。
その表情を見てか、orはポケットから何かを取り出し、笑顔で言った。
or「ごめんな、qn。これ、チョコや。好きやろ?チョコも。」
「……うん、好き。」
or「よかった。これもな、一昨日だったかな、何軒もお店回って、やっと手に入ってん!ほら、あーん!」
「…ぁー、」
or「どうや?美味しいやろ?」
「…うん、美味しい。」
チョコの甘さが痛いところを癒していく。
orはまた、俺の頭を優しく撫でてくれた。
or「…なにがあったんかは知らんけど、俺はずっとqnの味方やから、な?qnは、俺にとって大切な人なんや。」
「…うん、」
orの言葉がだんだんと俺を深く堕としていく。
さっきまで痛かった部分も、チョコの甘味とorの甘さでだんだんと塗り替えられていく。
やっぱり、orが。
orだけが、俺を愛してくれるんだ。
orだけが、俺を必要としてくれる。
orだけが。
次の日
男「qnー!今日暇〜?一緒にゲーセン行かね?」
休み時間。仲の良い男子に遊びに誘われた。
いつも通り、『いいよ、』
そう答えようとしたのに、喉が開かなかった。
「…ごめん、今日予定があって…。」
男「そっかぁ、じゃあしょうがないな…。また遊びに行こうな〜!」
「…うん。」
彼は明るく笑って別の男子のところへ行った。
用事なんてない。これは嘘だ。
嘘をついたことは心苦しいが、何故か心のどこかでほっとしてしまっている自分がいる。
それは何故か。
昨日からずっと頭の中にorがいるからだ。
なにをするにしても、まずorの意見を聞こうとしてしまう。
さっきだって、
『遊びに行ったら、orはどう思うのだろう。』
と考えてしまい、嘘をついた。
ずっと離れない、昨日の空き教室でのor。
強く掴まれた顎。
獣のように鋭い瞳。
優しく撫でてくれた手。
『俺のために、』と、食べさせてくれたチョコレート。
そして、orの言葉。
『俺はずっとqnの味方』
『大切な人』
この言葉がずっと胸に根付くように離れない。
忘れることができない。
orがこう言ってくれたのに、他の人と仲良くしたら?
それは、裏切りなのではないか。そう考えるようになってしまった。
or「qn、おかえり。」
「ただいま。」
or「qn、これあげるわ。このキャラ好きやろ?」
「…!うん!好き!」
or「…そっか、ならよかったわぁ。これ、色違いでお揃いなんやで?」
orは俺の好きなキャラクターのキーホルダーをくれた。
orとお揃いのキーホルダー。初めてのお揃い。
orはいつも俺に愛をくれる。
「…ありがとね、or。」
or「どうしたん?改まって。」
「ううん、なんでも〜、w」
or「えぇ〜、気になるやん〜!教えてや〜!」
「だぁめ!w」
or「qnのケチ〜!ww」
ほら、楽しい。
あの時に感じた違和感も、全て気のせいなのだ。
orが笑ってくれる。
それがどれだけ幸せなのか、だんだんとわかるようになってきた。
放課後
女「ねぇ、qn!」
「…なに?」
女「ちょっと宿題手伝って欲しいんだけど、いい?」
「…ごめん、用事あるから。」
女「そっかぁ、ごめんね忙しいところ…。」
「大丈夫、」
また断ってしまった。
本当に用事なんてないのに。
でも、他の人と喋るたびに頭によぎるor。
もしも、この状況を見られていたら?
また、顎を掴まれるかもしれない。
また、腕を掴まれるかもしれない。
今度は、殴られるかもしれない。
その考えが俺の中の恐怖をどんどん増幅させていった。
でも、これでいい。と安心できているのも事実だ。
これで、orを安心させられる。
これで、怒られずに済む。
これで、orと一緒にいられる。
これで、orの笑顔が見られる。
これは俺がしたかったこと。俺が選んだこと。
そう思うと、俺の中の恐怖が少し和らいだ気がした。
放課後
「…終わったぁ、、疲れた…。」
今日も学校が終わったので、家に帰ろうとする。
or「qn、見とったで。」
「…!な、なにを…?」
or「さっき、あいつの誘い断ったったやろ。」
「う、うん…。予定あるって、嘘ついちゃった、けど…。」
orの質問に少しの恐怖が芽生える。
もしかしたら、怒られるのではないか。と。
or「…めっちゃ嬉しかったわぁ!俺のためやろ?ありがとうな〜。」
「…!」
orの表情がパァッと明るくなる。
いつもの無邪気で可愛い笑顔を浮かべている。
それでいて、やはりどこか狂気的な表情にも見えるのが怖い。
or「ふふ、どうしたん?そのくらいの嘘で怒ったりせぇへんよ?…まぁ、俺に対しての嘘やったら怒るけど。」
「う、ん…。」
or「嘘ついとるん?俺に。」
「ついてない、よ?」
or「ほんまか?」
「う、うん!つくわけないよ、!」
急に声を低くし、少し睨むようにしてこちらをみてくる君が怖い。
それでもなんとか震える声で、『違う』と答えたら、orの表情はまたいつもの雰囲気に戻る。
or「そっか、よかったわぁ。ほんといつも、怖がらせてごめんなぁ…。」(頭撫
「ん、…。ううん、大丈夫だよ。」
or「ほらこれ。キラキラシール〜!ちっちゃいころ集めとったやろ。こういうの。今でも使えそうなやつがあったから買ってみたんよ。」
「おぉ…!かっこいいね〜。」
or「やろ?ほらこれ、レア出たで、あげるわぁ。」
「え、いいの?」
or「おん!もちろんや!俺だけをみてくれたqnにはご褒美をあげんとかんしな〜。」(撫
「んふ〜、ありがと。」
また優しく撫でてくれるorの手に安堵感を覚える。
昨日とは違って、優しく、甘く、暖かく、俺を包む。
or「これからも、俺だけみててな?」
「うん、もちろん。」
or「ふふ、ええ子や。大好きやで、qn。」
「…俺も。」
orの優しい言葉が冷たかった心に雫となって落ちて広がる。
orが大好きと言ってくれた。
orが笑ってくれた。
あぁ、幸せだ。
俺は愛されている。
帰宅後・家
「…ただいま。」
当然のように無言。
orと過ごした楽しい時間が嘘のように、この家には冷たい空気が流れている。
リビングに入ると、父と母がソファに座ってくつろいでいた。
母「…やっと帰ってきたの。遅いわねぇ。一体どこでなにをしてたらこんな時間になるのかしら?」
「…ごめん、ちょっと、委員会が…。」
母「そんなの放っておきなさいよ!私たちが餓死したらどうしてくれるの?!」
「…ごめん。」
母親が俺に向かって怒鳴る。
さっきまで高揚していた気持ちがどん底に突き落とされる。
母「はぁ、全く。あんたは謝ることしかできないの?さっさとご飯を作りなさい!」
「…はい。」
ご飯を作り出す。
冷蔵庫から食材を取り出して切っていく。
母親の怒号がまだ耳の中でこだましている。
手が震える。
「…ぁ、」
指を少し切ってしまった。血が出てくる。
ほんの少しの傷。殴られたほうが痛い、とわかっているが、暖かかった心にこの傷が沁みてくる。
ポケットに入っていた気がする絆創膏を探す。
「…!」
ポケットの中にorから貰ったシールがあった。
一瞬で心が温まる。
取り出して、電気にかざしてみると、キラキラと綺麗に輝いていた。
「…or、」
小さく声に出して名前を呼んでみる。
そういえば、と思い出し、スマホを取り出す。
or《今日もお疲れ様。ちゃんと家帰れた?》
orからメッセージが届いていた。
その言葉を見るだけで、心がじんわりと温かくなり、涙が溢れてきた。
愛してくれない、俺をみてくれない親と
心から愛してくれて、心配してくれるor
「…俺には、orだけでいい。」
この言葉を口にすると、心がスッキリとした。
長い間求めていた答えが見つかったような、そんな気分だった。
自室
「…ふ、」
夜、1人になると自然とため息が漏れる。
やっと1人になれて、安心する気持ちと、orがいなくて不安な気持ちが混ざってため息になる。
ベッドに横になりながら天井を見つめていると、両親の話し声が聞こえてきた。
母「まったくもう、なんで私たちはあいつを育てているのかしらね。」
父「ほんとにそうだな。あんな無能、恥ずかしいだけなのに。」
両親の言葉が俺の心に鋭利な刃物となって刺さる。
息が浅くなる。
無意識にorを求めてスマホを見る。
or《qn、大丈夫か?何かあったんか?》
「…or、、」
また無意識に声が漏れる。
どうしようもなくorを求めてしまう。
また、涙が枕を濡らし始める。
or《qn、辛かったらいつでも言うんよ。俺はqnの味方やからね。》
qn《ありがとう。…俺、もう、家にいたくない》
言ってしまった。
この選択はorを困らせるかもしれないのに。
その証拠にさっきまですぐ帰ってきたメッセージが全く届かなくなる。
はぁ、と息をついて天井を見上げると、手の中のスマホが振動する。
or《なら、俺の家にくるか?ここなら、誰にも邪魔されない。》
その言葉がとても魅力的に感じた。
また涙が溢れ出す。
とても暖かい気持ちになる。
「…行こう。」
やっと決心が固まった俺は小さくつぶやいて荷物をまとめ出す。
リュックの中に入れるのは、
orに貰ったアクセサリー
orに貰ったキーホルダー
orに貰ったシール
スマホ、お金
そして、数枚の服
「これだけで、いい。他は、必要ない。」
部屋に置いていくものは、
親戚にもらったお人形。
幼少期に母親にもらったお手紙。
生まれた際に親子3人でとった写真。
これらは全部、いらないもの。
だから、置いていく。
静かに部屋を出る。
ミシミシと少し軋む床。
親にバレないようにそーっと歩く。
玄関のドアを開けると、待ってました。と言わんばかりに肌を撫でる冷たい風と満点の星空。
「…いってきます。」
誰にも届かない呟き。
この家には、俺の声を聞いてくれる人はいない。
だけど、orは違う。
俺をみてくれる。
俺の声を聞いてくれる。
俺を愛してくれる。
俺を必要としてくれる。
そう考えながら俺は外の世界へと踏み出した。
or家
orの家についた。
チャイムを押してみると、笑顔のorがすぐに出てきた。
or「いらっしゃい、qn。待っとったで。」
「…うん、」
or「外じゃ寒いやろ。早く中入ろ。」
「…お邪魔します、」
リビングに入る。そこには俺の家にはない、暖かい空間が広がっていた。
or母「あら〜!qnくん!いらっしゃい!」
「ぇあ、お邪魔します、」
or母「もー、そんな遠慮しなくてもいいのよ〜?もっと肩の力を抜いて!ほら!」
orのお母さんが明るく元気に話しかけてくれる。『母親』というものに話しかけられたのはいつぶりだろうか。
or母「まぁ、色々あって疲れたでしょう。お部屋に行って休んでなさい?」
「ありがとうございます、」
or母「ほら、or!案内したげなさい!」
or「はーい。ほら、qn。こっちおいで。」
orが俺の手を優しく握って連れて行ってくれる。
orに触れられるだけで、何故か心が安堵感に包まれる。
or「ほら、ここがqnの部屋やで。自分の部屋やから、自由に使ってな〜。」
「うん、ありがとう。」
恐る恐るドアの取手に手を伸ばして、開けてみる。
「わぁ…!」
そこにはまるで、御伽話のようにキラキラとした部屋だった。
俺の好きな色で統一された家具。
俺の好きなキャラクターの壁紙。
俺の好きなお菓子。
俺の好きな小説。
この部屋には、俺の『好き』が集まっていた。
「ね、ねぇ、これ本当に俺が使っていいの?」
or「ふふ、もちろんや。qnのために用意したんやからな?qnがきてくれるって言ってくれた時、めっちゃ嬉しかってん!」
「ありがとう…。…本当に、俺のために…?」
or「もちろんや。何回も言ったやろ?qnは俺の大事な人やって。」
orが俺を抱きしめて、背中を撫でながら言ってくれる。
冷え切っていた心がじんじんとまるで氷が溶けていくように暖かくなっていく。
or「ほら、ここ座りや。ちょっと話そ?」
「うん、!」
orの隣に座って、仲良く雑談を始める。
途中でorがお茶を淹れてきてくれた。
お茶を一口飲んでみる。
暖かくて、優しくて、甘い。
まるでorのような味だ。
そう、orに言ってみると、
or「なんやねんそれ、w」
と、笑われてしまったが、その耳が少し赤かったのを俺は見逃さなかった。
「今照れてるでしょ、or、w」
or「はぁ?照れてないしー!w」
「うっそだー!w」
部屋に明るい笑い声が二つ響く。
あぁ、俺。また笑えた。
心の底から込み上げてくるような笑い。
息を吐き出すだけで自然と漏れる笑い。
こんなの、久しぶりだ。
orはいつも、俺に『久しぶり』を思い出させてくれる。
忘れようとしたことを、思い出させてくれる。
orがいれば、俺は生きていける。
そう、心から思った。
or「…そうや、qn。ちょっと聞いて欲しいんやけどさ…。」
「ん?」
orが少し申し訳なさそうな顔をしながら聞いてきた。
or「…俺さ、今日、あいつに話しかけられてん。」
「あいつって?」
or「ほらー、あの…、qnと仲良かった男子。ちょっと俺を見下してくるみたいな感じで話しかけられてん。」
「…そうなの?」
あの子がそのようなことをするとは思えないが、それよりもorがこのような嘘をつく方が、俺的には思えないことだったので、するりと信じてしまった。
or「そうなんよなぁ…。流石にちょっと傷ついたわぁ…。」
そう言って困ったように笑うor。
その瞬間、俺の心の中にちくりとした痛みが走った。
orを“傷つけた”相手。
orが“見下された”と感じた相手。
俺がなんとかしなくちゃ。
orはいつも俺を守ってくれる。
それの恩返しをしなくちゃ。
そんなドロドロとした思いが俺の心を蝕んでいった。
次の日 教室
「ねぇ、君。」
男「ん?あぁ、qnか。どうした?」
「あのさ、今日遊ばない?あの山の中の公園で。」
男「おぉ、もちろんいいぜ。てか、久しぶりだよな〜qnと遊ぶのも、喋るのも。」
「そうかな…。」
昼放課、orが言っていた男子に声をかける。
俺の感情や、心を読み取らせないようになるべく淡々と話す。
案の定相手はすぐ了承してくれた。
ちなみに、このことはorには内緒だ。
男「おん。なんか最近orばっかりと喋ってたじゃん?ちょっと寂しかったんだよな〜。」
「そう?気づかなかったな。」
男「まじか、w なんか、依存してるみたいで怖かったんだよな。大丈夫か?」
「…依存?」
男「そうそう。しかもなんかさ、前に腕掴まれてたじゃん。あれ、痛そうだったんだけど、大丈夫なのか?いじめとか受けてないのか?」
男が意味のわからないことを言っている。
依存?
いじめ?
なにを言っているんだ。
orはいつも俺に優しくしてくれる。
俺を愛してくれる。
「そんなのはないよ。」
男「そうか〜?まぁ、お前が大丈夫ならいいんだけどさ。ちょっとおかしいじゃん?orって。」
「…は?」
今、orの前言っていた言動の意味がわかった。
この男は確かにorを見下して笑っている。
『許せない』という静かな憎しみが心の中に波を立てていく。
男「ま、気をつけろよ〜。じゃあまた放課後に。」
「……。」
あんなことを言ったのに、ヘラヘラと笑って席に戻っていく男に呆れさえ覚えた。
or「…qn。」
「…!or!」
or「おかえり、qn。」
「ふふ、ただいま。」
orが優しく抱きしめてくれる。
少し声が硬い気がしたけれど、いつも通り暖かい腕に抱かれたので、きっと気のせいだろう。
「ね、or。」
or「…ん?」
「今日と明日一緒に帰れない。」
or「なんでや?」
「…用事があるから。」
or「ふーん、用事なら俺も手伝うけど。」
「いや、大丈夫。1人でやりたいから。」
or「わかった、気をつけてな?」
「はーい。」
優しく頭を撫でてくれる。
俺はorのためならなんでもできる、そう確信した。
放課後 山の公園
山の中の公園に着いた。
とても静かで、風の囁きさえも聞こえない。
だからか、男の声が響いた。
男「おーい、qn?」
「…あぁ、来たの。待ってたよ。」
男「ごめんごめん、ちょい迷子になってさ〜、」
「……。」
男「…それでさqn、どうして俺をここに連れてきた?」
「……。」
男「…やっぱor絡みか。んで、何かされてるのか?」
この男は。
この男はいつまで喋り続けているのだろう。
さっさと喋り終わってくれないかな。
男「…なにも言えないくらい辛いのか?それだけ、orはお前に何かを…」
やっと男の言葉の意味が理解できた。と思えばこいつはまたorのことを馬鹿にしている。
もう俺は我慢することができなかった。
感情のままに言い返す。
「…っしてない。orは、!!そんなこと、っ!!」
男「…!qn、落ち着けって…な?」
「うるさいうるさいうるさい!!お前がorのことを傷つけてるのは知ってるんだ!だから、だから!さっさといなくなればいいんだ!」
男「お、qn…?どうしたんだよ、急に…そんな怖いこと…。」
「…もういい。どうでも。」
俺は、背中に隠していた——を取り出す。
これで、orは幸せになれる。
これで、orはもう傷つかない。
男「…は、?なんで、こっちに…。なんでそんな怖い顔して…っ、」
「ばいばい、来世ではもっといい人になってよ__」
ザシュッ
or「…りー?……!qn!」
「…!ど、どうしたの?」
or「いや、帰ってきたと思ったらずっと玄関でぼーっとしてるんやもん。心配するで?」
「…、ごめん、ちょっと眠くて…。」
or「そうなん?我慢せんといてや。…ていうか、なんでそんな汚れとるん?土?」
「…ぁ、」
or「なに、公園でどろんこ遊びでもしたったん?w」
「…まぁ、そんなとこ。ごめん、シャワーしてきてもいい?」
or「…ほんまに大丈夫なんか?」
「うん、全然平気。」
or「…ならええけど。いってらっしゃい。」
「…ありがと、」
次の日
先生「…えー、みなさんに、大切なお話があります。…昨日、〇〇君が行方不明になりました。ただいま、警察と学校が一緒になって探しているけど、まだ見つかっていません。何か知っている人がいたら、先生に教えてね、」
クラスメイト「えー、まじ〜?心配なんだけどぉ…。」
クラスメイト「それな?うちらも探すの手伝お?」
まだ、足りない。
俺と、orの世界にはいらない人が多すぎる。
クラスメイトの女も
先生も
俺の親も
全部、いらない。
俺には、orだけでいい。
それ以外は必要ない。
だから、排除する。
or「…最近なんか、休みの人増えたよなぁ。風邪でも流行っとるんか。」
「…うん、もう誰も邪魔できる人はいないから、大丈夫だよ。」
or「…?邪魔…かぁ。…ふふ、」
orが嬉しそうに笑う。
それだけで、俺の心は絆される。
「or…?どうしたの?」
or「いーや、なんでもない。ただちょっと嬉しいなーって。」
「…??」
or「ふ、その混乱したような顔、かーわい、♡」
「な、!// …ばか、」
or「あはは、ごめんごめん、w」
「…ふふ、w」
orが笑っている。
それがどれだけ嬉しいことか、俺はよく知った。
これからは、orと2人きり。
誰も、俺たちを邪魔することはできない。
邪魔されたとしても、また排除すればいいだけ。
誰にも愛されなかった俺と、
俺だけを愛してくれたor。
この2つのピースが、小さな小さな台紙にはまった今、
俺たちを止めるものはなにもない。
俺たちは二人で進んでいく。
その道が、どれだけ苦しいものでも。
その道が、どれだけ辛いものでも。
絶対にこの手を離さない。
大好きだよ、or。
ありがとう、愛してくれて。
ありがとう、俺を守ってくれて。
これからは、俺が守る番。
これからは、俺が愛す番。
だから俺に必要なものは__
コメント
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ドロドロ依存まじで クセになるぅ!!