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榎本くもり
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#地雷系
尾津嘉寿夫 ーおづかずおー
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人は、目に見えるものしか信じない。
幽霊だって、UFOだって、見たことがなければ作り話だ。
昔は本気で怖がられていたものも、今ではエンタメの一部になっている。
真実かどうかより、面白いかどうか。
そんなふうに消費される話があふれる中で……俺の噂も、格好の話の種になっていた。
「ねえ、聞いた? 虹谷って、たくさんのの女の子と付き合ってるんだって」
「聞いた聞いたっ」
「俺、あいつがロリっ子と歩いてるの見たぜ」
「私はギャルと歩いてるの見たわよ」
「え? 俺はエロ可愛いお姉さんと歩いてるの見たけど」
「いったい何股かけてんだ……?」
廊下を歩くだけでこれだ。
噂をまとめると、こうなる。
──虹谷明義は、浮気をしまくっている。
耳に届く話し声に、心底嫌気がさす。
向けられるのは、ゴミでも見るような視線ばかり。
今更何を言ったところで、信用なんてされないんだろうな。
……ま、別にいいけど。
小さくため息をつき、ヘッドホンで雑音を遮る。
そうして俺は、足早に学校を後にした。
◆
学校を出て、寄り道もせずに家へ帰った。
特に行きたい場所もないし、家が一番居心地いいからな。
塀に囲まれた、少しばかり庭の広い純和風の家。
古めかしい外観だけど、中は広くて住み心地もいい。
おかげでのびのびと育つことができた。両親には感謝だ。
共働きの両親は、昼間は家にいない。
俺は一人っ子だから、以前なら誰もいない家に鍵を開けて入るだけだった。
けど、今は違う。
玄関の前に立ち、チャイムを鳴らす。
ドタバタドタバタッ!
すぐに、騒がしい足音が近づいてきた。
そして──バンッ! 勢いよく扉が開く。
飛び出してきたのは、元気いっぱいの美少女だった。
大きな目を爛々と輝かせ、栗色のショートヘアを弾ませながら、まっすぐ俺に飛びついてくる。
「おかえり!」
「ただいま。いい子にしてたか?」
「うん! 明義に言われたとおり、いい子にしてた!」
胸元に頭を押しつけ、ぐりぐりと擦りつけてくる。
まるで、自分の匂いをつけようとする犬みたいだ。
彼女は七色月乃。
幼なじみで……俺の彼女である。
今はとある事情でうちに身を寄せていて、通信制高校に通っている。
月乃と一緒に家へ入る。
内装も、外観と同じく純和風。父さんが和風好きで、趣味に全振りした結果らしい。
「明義、暇っ。遊ぼ!」
「宿題は終わったのか?」
「日曜日にやる!」
「後回しにするんじゃありません」
「あぅっ」
軽くでこぴんをすると、月乃は額を押さえ、恨めしそうに俺を見上げた。
「うぅ。DV、いじめ、虐待だぁ……!」
「やかましい。俺も宿題あるし、一緒にやるぞ。課題、持ってきなさい」
「ちぇーっ」
俺と月乃の部屋は2階にある。
それぞれ部屋をもらっているけど、宿題をするときは、大抵俺の部屋だ。
制服から部屋着に着替え終わったところで、月乃がパソコンとノートを抱えてやってきた。
遊ぶための準備も、これくらい早いと助かるんだけどな。
「もー、勉強つまんなーい」
「わかるけど、将来のためにやるしかないでしょ」
「ボクに将来なんてあるのか、疑問だけどね」
「不穏なこと言うな」
てへ、と月乃が舌を出す。
まったく。この子はすぐ、そういうことを言う。
広めの座卓に横並びで座ると、月乃はパソコンを開き、いくつかの課題を画面に映した。
「月乃は英語か」
「うい。明義は?」
「数学。苦手なんだよな……」
頭を押さえてため息を着く。
と、月乃の目がキランと光った。
「なら教えてあげよっか?」
「黙れ、万年赤点」
「クリティカル!」
よほど刺さったらしい。
月乃は胸を押さえて倒れ込み、そのまま俺の太ももに頭を乗せた。
「寝るなよ」
「慰めて」
「は?」
「明義の言葉に深く傷つきました。慰めて」
事実を突きつけただけで、何言ってんだ。
けど、無視し続けると拗ねるし……仕方ない。
月乃の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でる。
彼女はこうされるのが好きで、すぐに口元が緩んだ。頬もほんのり赤くなっている。
「……月乃、ごめんな」
「何が?」
「いつも1人で留守番させてさ。学校、行きたいだろ?」
「そうでもないかなー。ボク、学校嫌いだからさ☆」
そんな爽やかな笑顔で、悲しいこと言わないでくれ。
月乃は俺の膝の上で仰向けになると、頬に手を伸ばしてきた。
指先がそっと触れる。こそばゆくて、心地いい。
「ボクは明義がいればいいの。他はいらないよ」
「そ……そっか」
顔が熱くなる。
嬉しいけど、恥ずかしい。こんな真っ直ぐな言葉、ずるいだろう。
「あー、照れてる?」
「照れてない」
「明義、かわいい」
「かわいくない」
その後も、かわいい、かわいくないの問答がしばらく続いた。
やがて、どちらともなく笑いがこみ上げてくる。
月乃は勢いよく起き上がると、むんっと両腕に力を込めた。
「んよっし! イチャイチャ充電完了!」
「じゃ、勉強タイムだな」
「……やっぱり、もう少し充電を……」
「月乃」
「うぐっ。わ、わかったよぅ。そんな怖い顔しないで」
こうでもしないと、いつまで経っても勉強を始めないだろ。
膨れっ面で課題に取り組む月乃を横目に、俺も宿題へ向き直る。
こういう、なんでもない時間が結構好きだ。
多分、月乃も同じだと思う。
会話を交わし、たまにじゃれ合いながら、俺たちはどうにか宿題を終わらせた。
◆
その日の夜。
日付が変わるまで、あと5分ほど。
部屋でスマホをいじっていると、扉がノックされた。
いつもどおりの時間だ。
返事をすると、月乃が扉の隙間から顔を覗かせた。
「明義、起きてる?」
「起きてるよ。入っておいで」
「おっじゃまー」
入ってきた月乃は、薄いピンク色のワンピース型の寝間着を着ていた。
背中には、でかでかと『年中ニート』の文字。
なんでそれをチョイスした。
月乃は俺の膝に、向かい合うように座る。
下から見上げてくる焦げ茶色の瞳が綺麗だ。見つめ返していると、彼女は両腕を大きく広げた。
「明義、ハグぷりーず」
「おーけー」
背中に腕を回し、優しく抱きしめる。
月乃は満足そうに体を預け、俺の胸元で深呼吸を始めた。
「すーーーー……はぁーーーー……やっぱ明義、いい匂い」
「風呂入ったからな」
「ちがう。明義の匂いがする」
恥ずかしいからやめれ。
それからしばらく、月乃は俺にくっついていた。
やがて満足したのか、ゆっくりと顔を離す。
「ん、ありがとっ。これでまた1週間、我慢できる……!」
「……悪いな、我慢させちゃって」
「気にしないでよ。もう慣れっこだからさ☆」
日付が変わるまで、あと1分。
月乃はニカッと笑うと、俺の頬を両手で包み込んだ。
「そんじゃ、明義。また1週間後ね」
「……ああ。またな」
笑顔に、ほんの少し寂しさがにじむ。
月乃はゆっくりと顔を近づけ、唇をそっと重ねた。
そして──日付が変わる。
次の瞬間、月乃の体が淡い光に包まれた。
見慣れた輪郭が、少しずつ変わっていく。
背丈が縮み、手足も小さくなる。
栗色のショートヘアは、腰を越えるほど長い赤髪に。
焦げ茶色だった瞳も、髪と同じ赤に染まっていった。
光が収まったとき、そこにいたのは、さっきまでの月乃とは似ても似つかない、小さな女の子だった。
「あーちゃん!」
「おはよ、灯織」
「うんっ、おっはよー!」
灯織は俺にぎゅっと抱きつくと、腕だけでなく、脚まで絡めてきた。
相変わらず、全身で感情を表現する子だ。
彼女の名前は、七色灯織。
七色月乃の、火曜日の姿。
そう──彼女には7つの人格がある。
しかし、変わるのは人格だけじゃない。
生まれながらにして、曜日ごとに体まで変化するという……超特異体質の持ち主なのである。
コメント
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第1話読了🌙 噂話で誤解されまくってる虹谷くんと、曜日ごとに姿も変わる幼なじみ・月乃ちゃんの生活……設定からしてもう好き。最後の灯織ちゃんへのチェンジ、すごく綺麗な切り替わり方でゾクッとしたよ。普段の「イチャイチャ充電」とかの甘い空気とのギャップが効いてる。「これでまた1週間我慢できる」って台詞に、月乃ちゃんの切なさが詰まってて、重いけど愛おしい関係だなって思った。続き、ちゃんと読ませてもらいます。