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一話 金髪の男
真っ白なキャンバスに一筆色を置く。俺はただ黒を塗り重ねるだけで、その黒の中にある色が何色かも知らなかった。ただ見えなかったのではなく、見ようとしていないだけなのかもしれない。
うるさい教室も、淡々と話す先生の声も、静寂な家も、毎日が退屈でつまらない。なにもないからなにも感じられない。ただ心ここに在らずという感じで、時が過ぎていくだけだった。
今日も退屈な1日が始まると、俺は朝日に舌打ちをする。ずっと夜が明けなければいいのに。そんな叶うはずもない願望を抱きながら運命に身を委ねるだけだった。
ぼーっとしながら自転車を漕いでいたら「どこ見てんねん!?ちゃんと前見ろや!!」と怒号を浴びせられてしまった。ぼーっとしすぎるがあまり、前から人が来ていることに気づかなかったのだ。でも、実際隣に自転車一台は通れる幅があるんだから、そっちに行けばいいものを。
朝から気分が悪くなった俺は、密かな苛立ちを心に宿しながらも信号を待っていた。怒りとは連鎖するもので、いつもは退屈としか思わない授業も今日は特段と退屈で退屈の裏には苛立ちが大きかった。貧乏ゆすりが俺の心を映しこみ、窓の近くの木にとまる鳥を見て、その自由さを羨ましく思った。
俺が勉強に苛立つのは意味がないからだ。たとえ小中高で勉強を死ぬほど頑張ったとしても、頑張らなかった者も同じラインに立てるのだ。どれだけ努力を重ねて勉強をしたとしても、点が悪いものは悪いし、良いものは良い。才能あるものが努力すれば、凡人は勝てない。俺が苛立っているのは勉強じゃなくて、この雑な社会構造なのだろう。
授業中に考えることはくだらないことばかりだ。例えば、明日世界が終わるとしたら何をするかとか、もし人類全員が超能力を持っていたらとか、外のあの鳥は今までどんな生き方をしてきたんだろうとかだ。
俺が考える問いにはいつも答えがない。答えがない問いほど苦手なものはないというのに、俺はひどく矛盾している。
四時間ぼーっと座ってるだけで本当に疲れた。四時間考え事をするより四時間ゲームした方が有意義だ。昼食の時間になって、食堂へご飯を食べに行こうと足を動かしていた。スマホの通知音が鳴り、スマホを見ながら俺は廊下を歩き続けた。
人間はそう変わらないが、人生が変わるのは一瞬だった。今日もただ退屈なだけの、いつもと何も変わらない日常だと思っていて予想もしていなかったのだ。スマホを見ながら廊下を歩いていると、横の窓から男が飛び出してきて俺に馬乗りになるなんて。
第一に思ったのは「綺麗な顔」
第二に思ったのは「鮮やかな金髪」
第三に思ったのは「黒く広がる闇のような瞳」
「わぁー……キレーな顔……」相手のその言葉が頭に響くと俺はハッとし、やっと気づいた。ここは学校の廊下でかなり視線を集め目立っていると。
そう気づくやいなやすぐにその男を押しのけ、とにかく遠くへ離れたい一心で校舎裏まで走っていった。数秒経ってからようやく呼吸の仕方を思い出し、自分の荒い息が目に見えるようだった。
(なんなんだ……一瞬、俺の心の声が出たかと思ったじゃないか。……それにしても超目立つ陽キャ男子にぶつかられるとは。今日は本当についてない。最悪だ。)
その後の授業はいつもよりも先生の話が入ってこなかった。ただあの男のことで頭が埋まっていた。
授業が終わり放課後になったあと、俺は一人でコツコツと音を響かせながらひんやりとした美術室へ向かった。今日は美術部がおらず、俺一人の空間になっていた。その空間は良く言えば楽でとても安心できて、悪く言えば寂しく一人が怖い空気だった。
俺が持ったのはキャンバスと一つの筆。俺があの金髪の男と出会ってから一番思い続けていたのは「描きたい」ということ。
俺は一度、中学の頃に美術を諦めている。美術を諦めてからというもの俺は色が見えなくなった。世界が白黒にしか見えず色が判断できないのだ。あのとき筆を置いてから俺は絵を描くことなんてめっきりなくなっていたはずだった。
なのに、あの男に出会ってからあの男を描きたいという衝動に駆られている。自分にもよくわかっていないが、なぜ色がわからない俺に金髪という色が見えたのだろうか?
だが、いざ筆を持ってみても、筆を持つ手が震えてしまう。色がわからない俺には絵の具の名前を見て感覚で置いていくしかない。時計の針が何周回ったとしても俺は彼の絵がなかなか上手く描けなかった。何度色を置いても納得がいかない。線は歪んで色は濁っていたことだろう。
何度試行錯誤しても納得がいかず、徐々に疲れが溜まっていき、気づけば眠りについていた。
目を覚ましたのは「――キレー……」という透き通るような低いようで高い声が俺の耳に残ったときだった。その場面には最悪という言葉ほど似合うものはなかった。今日が厄日なのか、吉日なのか、このときの俺は前者を選んだ。
目が光に慣れたあと、視界に映ったのは金髪の男の絵が描かれたキャンバスを眺める金髪の男だった。俺は慌ててキャンバスを倉庫に投げ入れドアをピシャリと閉めた。
「……なんで……?」
「いやー立花先生が美術で使うからこの箱を美術室へ運んでくれって言うからさ!それにしても君、絵が上手いんだね〜!惚れちゃった!」
「…………忘れてくれ。」
彼の立場で考えれば相当気持ち悪い話だ。たまたまぶつかった名前も知らない男が放課後にひとりで自分の絵を描いていたんだ。噂でも流されたら俺は最低最悪の気持ち悪いやつになる。ただでさえ来たくない学校がこれ以上の地獄へと化してしまう。
「え〜?絶ーーーー対っ忘れないよ!ねぇねぇ、もしかして君さ、俺のこと好きなの?」
「……は?」
ぽかんと口を開けたままの俺を放っておいて彼は淡々と言葉を発し続ける。彼の顔はわくわくと期待に満ちていた。それは新しいおもちゃを見つけた子供のような顔でもあった。
「実はオレね、君の顔がめちゃくちゃ好きなんだぁ〜。君も放課後一人で残ってオレの絵を描くぐらいなんだから、オレのこと好きなんじゃない?」
「…………趣味悪いな……」
普通に考えれば気持ち悪いと引くべきなのは彼の方だったが、なぜか俺の方が引いていた。
「そんなこと言わないでさ、オレたち友達から始めない?」
「……?友達から?」
少し理解できなかった日本語を繰り返し言葉にしてしまった。彼の口角はさらに上がりその笑みの下には八重歯が少しこちらを覗いた。
「君のことが好きだから付き合いたいってこと!」
(……え?いやいやいや!なんか軽くないか!!??話したこともないんだぞ!?)
「……いやいや、俺たち今日会ったばっかだし。そもそもあんたが好きって思ったのって……顔、だけだろ。それだけで付き合えると思ってんのか?」
流石に急すぎる話で驚愕しきっていた俺は少し早口気味に口を走らせる。彼の顔はきょとんとした顔になり、まるで俺がいきなり理解不能な言語を口走ったみたいだ。
「え?顔が好きなんだから付き合うでしょ?……今までの女の子たちはみんな顔が好きだから付き合えたのにな?なんで君は付き合えないって言うんだろ?オレはキミのことが好き、キミはオレのことが好き。なのになんで付き合えないの?」
見た目から少し想像はできたが、もしかして女遊びがかなり激しいチャラいやつなんじゃないかという仮定が浮かび上がってきた。
「いや、そもそも俺は男だし。ていうか、あんたのこと何も知らないし、君も俺のこと何も知らないだろ?……俺はあんたと関わりたくないんだ。できれば友達にもなりたくない。」
関わりたくないのは彼が目立ちすぎるからだ。視線を集めやすいし、女遊びも激しいし、校則も破りまくってるし。……だが、一番大きかった気持ちは彼といたら退屈がマシになるんじゃないかという希望があった。なによりもその気持ちは大きく、その気持ちに頷きたかったが俺は結局蓋をすることにした。認めるのが怖かったからだ。
俺は昔から嘘をつくことで生きてきた。
「男の子も女の子も関係ないでしょ!俺バイだからどっちもいけるよ?お互いのことはこれから知っていけばいいじゃない!俺の名前は夏目 光輝!よろしく冬夜くん!」
「…………え?なんで俺の名前をあんたが知ってるんだ?」
「立花先生から箱をもらうときについでに聞いてみたんだよ。黒髪のスマホ弄ってるキレーでカワイイ顔してて、右目の下にほくろがある男の子の名前!霜坂 冬夜くん!」
「……………」
もしかしたら俺はとんだヤバいやつに目をつけられたのかもしれない。それにワクワクを感じている俺も、大概ヤバいやつなのかもしれない。