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🩷💚　猫になりたい(読切)

第1話 - 🩷💚　猫になりたい

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2025年09月04日

#skab

#BL

kino

流れ星に向かって3度願いを唱えると、お星さまが、それを叶えてくれるらしい。

「猫になりたい、猫になりたい、猫になりたい…」

愛されたい。

もしも、本当に願いが叶うのなら一晩中だって流れ星を待ちたかった。どんな小さなチャンスだって逃さないように、一晩中願い事を唱えていたいと。

どれだけ他力本願な方法だと言われたって、空のお星さまなら話は別だ。願い事が願い事なら、それを願う相手だって限られる。阿部の決心は固かった。

秋も深まろうという10月の夜は、一晩中外で座り込んでいるには少し肌寒い。

阿部はじっと星空を睨みつけていた。どんな小さな星だって見逃さないように目を凝らした。例え大気圏に入って間もなく燃え尽きる運命の星だって、きっと赤い熱をエネルギーにして、自分の願いを叶えてくれるに違いない。そう、頑なに祈った。

「猫になりたい、猫になりたい、猫になりたい、猫になりたい、猫に…」

それはとても厳かな儀式で、呟くのは愛を食べるための呪文だった。

郊外で見るよりは少ないかもしれないけれど、それでも空には星々がひっそりと輝いている。阿部は星空を見上げたまま、自分の身体の中でゆらゆら燃える炎を感じた。それは愛の炎で、燃えるのは全部、佐久間のためだった。

佐久間の腕の中にいるとき、時々たまらなく、猫になりたいと思う。今まで何度も何度もそう思った。猫になったらいいんだと思った。そうしたら、もっと愛してもらえるし、もっともっと、可愛がってもらえるはずだった。今よりも、もっともっともっと。

阿部は、常に今以上を求めていた。今はいつだって満たされない。どれだけ、たわいない言葉を交し合っても、抱き合っても、愛し合っても、足りない。恐れるべきは、こんなにも貪欲に愛を求める自分自身だ。まるで際限が無い。底が見えない。胸の中で佐久間の存在が宇宙のように広がって、日ごとに大きくなっていく。

どれだけ愛せば良いんだろう。どれだけ愛されたら満たされるんだろう。

「猫に…、」

「何やってんの」

窓の開く音と、佐久間の声は同時に阿部を振り向かせた。

「…佐久間」

毛布を片手にルーフバルコニーに出てきた佐久間は、阿部に向かって穏やかに微笑んでいる。じっと佐久間を見上げて、阿部は再び心の中で思った。猫になりたい。佐久間はいつも、見るたびに愛しさの増す罪な笑顔をする。

「風邪ひくぞ。寒いでしょ？」

「ううん」

広げた毛布は暗がりでぼんやりとした灰色に見えた。この毛布の本当の色は薄いピンクだったと思う。阿部は続けてその毛布の在り処を思い出してみた。確かタンスの、一番下に入っていたやつだ。

「…で、何してんの？」

佐久間は毛布を引き摺り、阿部の横に腰を下ろした。

「テンタイカンソク」

言いながら、佐久間が広げた毛布の自分のスペースにすっぽり納まって、阿部は再び夜空に目を凝らした。横に並んだ二人を包む毛布は大きさが少し足りないようで、佐久間の肩から今にもずり落ちそうになっている。右手で毛布を押さえながら、佐久間は阿部を窺った。

「蓮かよ」

「…別に、そういうわけじゃ」

迷惑だなんてもちろん言わないけれど、佐久間が来てしまったのでは願い事を口にすることが出来ない。猫になりたい。願いたいのはたった一つだけなのに。

阿部は仕方なく、頭の上で赤っぽく光っている星を見つめることに集中した。あの星は、一体何ていう名前なんだろう。

短くふうんと相槌をうった佐久間も、阿部と同じように星空を見上げた。たまには星を見るのも良いかもしれない。良いかもしれないがしかし、それにしたって外は冷えるもんだと身を縮ませた。こうして、二人並ぶのがいけない。並んでいると、いくら身体を密着させていたってどうしても真ん中に隙間が出来てしまうんだ。毛布のかかっていない右腕と右足に向かって、ここぞとばかりの夜風が嫌がらせみたいに吹き込んでくるような気がする。

実際、寒さはこれでもかというくらいに佐久間をいじめぬいていた。佐久間は阿部のようにずうっと外に出ていたわけでもなければ、阿部のような固い決心があるわけでもなかった。阿部がいなければ、外になんか出たくない。佐久間はしばらくはじっとしていたものの、辛抱たまらなくなったので気持ち阿部から毛布を拝借しようと、右腕に力を込めた。すると当然、今度は阿部の肩から毛布がずり落ちそうになる。毛布がひっぱられるのに気が付いた阿部はチラリと左隣の佐久間を見やってから、右手で膝を抱え左手で毛布を押さえた。

さっき佐久間から寒くないかと聞かれて首を振ったものの、一度毛布の暖かさを知ってしまった今、再び寒空にニット一枚で放り出されるなんてまっぴらゴメンだった。そもそも自分は誰よりも寒がりなのだから。至極自分勝手にそう思った阿部がしっかりと毛布を押さえると、それは二人の背中のところでピンと突っ張った。

佐久間はつい勢いに任せ、渾身の力で右腕を引いた。阿部も負けじと、同じく渾身の力で左腕の毛布を握りしめていた。二人とも、どうして自分たちがこんなところにいるのか、はたまたどうしてこんなところで毛布の引っ張り合いなんかをしなければならないのか、何だかよくわからなかったが、負けるわけにはいかないと、おかしな意地で毛布を引っ張り続けた。

「うっ」

一瞬だった。ほんの一瞬、力を抜いてしまったのは阿部の方だった。もとより、利き腕じゃない腕に力を込めていた阿部の方が不利だったのだ。

「うわっ！　ごめん、阿部ちゃん！　大丈夫かっ？」

「いったーあ！　何すんの、大丈夫なわけないだろっ！　佐久間ひどい！」

馬鹿みたいに必死で毛布をひっぱっていた佐久間の右腕は阿部の左腕の同じくらい必死の力を失って、そのまましたたかに阿部の脇腹を攻撃した。阿部もまさか恋人から肘鉄くらわされるとは思ってもみなかったので顔を真っ赤にして憤慨する。佐久間は慌てて平謝りに謝った。

「ごめんごめん。いや、まじで、今のは俺が悪かったよ！　な？」

両手を合わせながら、しかし阿部に決まった肘鉄砲があんまりにも見事だったのを思い出して、佐久間の口許は歪んだ。笑いは堪えようとすればするほど、腹の奥のほうから込み上げてくる。こんなときは本当にどうしようもない。

「笑い事じゃない」

痛かった。ものすごく痛かったのだ。阿部は拳を握って佐久間を睨みつけた。今のは佐久間の方が悪いのだ。毛布を与えたくせに、奪おうとして、あまつさえ肘鉄砲を食らわしてきた。いくらわざとじゃないとはいえ、あんまりな仕打ちじゃないだろうか。と、憤慨した。

相変わらず笑ったままでのらりくらりする佐久間にあんまりに腹が立って、しつこく責め立てていた阿部はいつの間にか佐久間の膝の上に乗り上げていた。既に、毛布は足元で頼りなく皺を寄せている。二人はしばらくじっと見詰め合った後、何となく、同時に唇を求め合った。

「ばか」

「ごめんって」

「もう…」

言いながら、ついばむだけのキスを2回。

「だから俺は、隣同士はよくないと思うわけよ」

佐久間は毛布を手繰り寄せて、向かい合わせにくっついたままの身体を覆った。すっぽり、毛布が阿部の背中まで隠してしまうと、お互いの間の温度がふわりと上がる。二人は改めて唇を重ね合った。

阿部は、どうしても猫になりたかった。佐久間の腕の中で、目を細めている猫たちを想像するだけで、想像なのにも関わらず嫉妬すら感じた。阿部は、もしも自分が猫だったなら、きっと、どんな猫よりも愛される自信があるのにと思わずにはいられなかった。

だから、願った。猫になりたい。本当に純粋に、それだけを願っていた。

もっと、愛されるために。

「さ、くま…っ」

と、阿部が息を詰めたのは、ほかでもなく佐久間の指先のせいだった。その指が何の前触れもなく、けれどごく当たり前に、阿部の身体に触れる。掠めるように敏感なところを辿って、阿部の体温を上げた。

「佐久間、佐久間…」

言いながら、何度目かのキスをねだる。佐久間の首に腕を回し、ぎゅっとそこにしがみつく。抱きしめ返されるだけで、背筋が震えた。

「阿部ちゃん」

「……ぁ」

ただ名前を呼ばれるだけで、こんなにも感じるなんて。

佐久間の指先は次第に奥へと進んでいき、二人の頭の中から、ここがバルコニーだとか外だとか、そんな感覚を消し去った。ただ、絡まりあうように、無邪気な獣のように求め合うお互いの息遣いが、星空に溶けていく。

「あ、ちょっと待って。ンっ、ああ、だめ…佐久間、それ以上…っ」

「ん、阿部ちゃんっ」

「うん…ん、…っぁ、あ！」

熱を手放す瞬間、弓なりに仰け反った阿部の視界の端に、星が一粒キラリと光って消えた。

猫になりたい。でも、猫だったら、こんな風に佐久間の熱を受け止めることは出来るだろうか？　ぱちぱち目を瞬かせながら、ほんの少しの間に阿部は色んなことを考えてみた。例えば、佐久間の頭を、胸に抱きこむことに関してだとか、抱き締められるんじゃなくて、抱き締める場合のことだとかを。もしも、自分が猫だったなら？

「あーあ、この毛布どうすんだ」

阿部がそうこう考えている横で、佐久間が、毛布だけじゃなくてティッシュを持ってくるべきだったと後悔するのが可笑しくて、阿部は思わず笑ってしまった。佐久間も、何だよと唇を尖らせる振りをしてから、一緒になって笑った。

「佐久間」

ひとしきり笑った後に、とん、と佐久間の肩に頭を預けると、当たり前の仕草で抱き締められる。かりかり佐久間の背中に爪を立てながら、阿部はなんとなく、猫の気分で言ってみた。

「にゃあ」

きっと、今自分は猫のように、目を細めて満足そうな顔をしているんだと思う。

「阿部ちゃん、猫になりたいの？」

「ううん、違う。佐久間が、好きなだけ」

言いながら、顔を覗き込もうとしてくる佐久間から顔を背けるように首を振る。からかうみたいに笑う佐久間の顔が容易に思い浮かばれた。こんなに好きでいるのは自分だけみたいで、とても悔しい。

本当に猫になることなんか、星に願ったって無理だってことはわかっていたけれど、願わずにはいられないほど、佐久間の愛を、佐久間を、これ以上ないくらいに求めていたのだから仕方ないじゃないか。

誰よりも、猫よりも、たくさん抱きしめて、頭を撫でてもらえるだけでいい。阿部はそれだけでいいと思っているのに、佐久間はそんなこと、ちっとも考えないで笑っている。そんなのは、悔しい。

「阿部ちゃん、妄想にまでやきもちか」