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「ああ、もう! べたべたべたべた鬱陶しい!」
「ひどいな、主」
「きぃいいっ! おま、シュンとすれば何でも許してもらえると思ってんだろ! このクソクソクソクソクソクソ駄犬!」
狩猟大会が終わって、また平穏な日常が戻ってきた。変わったことといえば、俺とゼロはお試しで恋人になったということだろうか。
(ああ、もう何でこんなことになったんだよ……)
あの日、抱かれてはいない……そう、断じて抱かれてはいないしまだ処女だし、童貞だし! なのだが、口がふやけるほどキスをされた。キスというか、最後は口の周り舐められていた気がした。それが犬っぽくて、どれだけやめろといっても聞かなかったので、ゼロの駄犬っぷりがアホみたいに表れてた出来事だった。
というのもどうでもよくて、ゼロは俺のことを好きになった、俺のものにすると言って聞かない。どうして好きになったのかと聞いたら「俺を助けてくれたときから」と言い出したのでさらに混乱した。助けたというか、庇ったとき。ゼロの元家族伯爵夫人に勝手に見ず知らずの人間と結婚させられそうになったとき、俺が庇ったときのこと。ゼロはあれが心の底から嬉しかったと赤裸々に語ってくれた。それでも、俺がゼロにした仕打ちはゼロは忘れないといって、それも踏まえて今のラーシェ・クライゼルが好きだといってくれたのだ。
それは俺も単純にうれしかった。嬉しかったのだが……
タガが外れたように俺に付きまとっては、少しのことでも牽制するそんな躾がなっていないにもほどがある駄犬となってしまったのだ。
それと、なんだか恋愛の何たら効果みたいなのがありそうで、それも申し訳なくなる。じゃなかったら、きっとゼロは俺のこと一生すきになんてならなかっただろうなとか思うのだ。そして、ゼロはまだ俺に言ってくれていないことがあるようで、何か言いたげに言葉を濁したことはここ数日の間何回あったか数えきれない。
「あ! 旦那!」
「ツェーン。久しぶり、というか……おい、ゼロ吠えるな」
「にゃっは~ポメの兄貴絶好調だぞ」
「ツェーンは、それでいいのかよ……」
廊下の奥のほうからやってきたツェーンは、いつも以上にフリルの多いメイド服を着てこちらに駆け寄ってきた。見た目はかわいいが、こいつもれっきとした男で、それもライオンの獣人。耳は猫っぽいが猫よりも丸っこくてフワフワとしている。だが、肝心のしっぽは切られてしまったのか見当たらない。
そんなツェーンは、ゼロと相性が悪すぎる。ツェーン自身が、ゼロを毛嫌いしているというよりも、ゼロがツェーンを毛嫌いしているのだ。
それをツェーンは面白がってちょっかいをかけるが、そのたび喧嘩になるので俺を挟んでいる間はおとなしくしていてほしい。
「ツェーンは今からお遣い?」
「ふふん。そうだぞい。旦那。今日もあっまいもの買ってくるから、楽しみにしてるんだぞ」
「はは、それは楽しみだな……ところで、言いたくなきゃいいんだけどさ。気になってて。お前の尻尾、何でないんだ?」
聞くタイミングでもなかったのだが、ツェーンと二人きりになるタイミングなどないので、この場で聞きたいことは聞いておこうかというそんな単純な理由だった。ツェーンはなんでそんなことを? というような顔で俺を見ている。まあ、そりゃそうか、と思いながらも、後ろでうなっているゼロを撫でつつツェーンを見る。
ツェーンは目をぱちくりとさせて、スカートのすそをチョンと持ち上げた。
「何をしてる、下種!」
「旦那が、尻尾見たいっていうから」
「汚いものをしまえ」
「汚いって~ポメの兄貴にもついてんだろ? それもきょーあくなブツが!」
あひゃひゃひゃ、と聞きなれない笑い声をあげツェーンは腹を抱えていた。
ゼロに目をふさがれたため、ツェーンのツェーンを確認することはできなかったが、別に俺も見せろとはいっていない。見たいとも言っていないのに見せるのは、露出狂と変わらない。
ツェーンはひとしきり笑って、俺たちをからかった後、振り返って尻の少し上らへんを押した。
「ここに、昔は尻尾があったんだぞ。けど、奴隷商……じゃないのか、あいつらにつかまった後、なっかなか売れなくて。ほら、ライオンの獣人ってだけで怖がるだろい? 躾も面倒だ―って耳にしたんだぞ。それで、尻尾をジョッキーンって」
と、ツェーンはなぜかチンコに例えてそれを切るような動作をする。俺はヒュンとあそこが切られたような感覚になたため股間を抑えた。ゼロもつられて、びくっと体を揺らしている。
「まあまあ、そんなこんなで尻尾がなくなったんだぞい。んでんで! 旦那は見事俺がかわい~い猫の獣人だと思って買い取ってくれたと。めでたしめでたし」
「いや、めでたしめでたしじゃねえし。でも、そんな経緯があったなんて知らなかった……悪い、思い出させて痛かっただろ?」
俺がそういうと、ツェーンは珍しく黙って、また目をぱちくりとさせた。縦長の瞳孔がさらにすぼまった気がして、見ていてああ、獣人っぽいなと平凡な感想を抱く。だが、あまりにも黙りこくっているので、俺は生きているか確かめるために目の前で手を振った。すると、ようやくツェーンは意識を取り戻したかのようにすっと俺を見上げた。
「……そんなこと、初めていわれたんだぞ」
「ツェーン?」
ツェーンはきゅっと胸の間で手を握って、何かを確かめるようにぎゅっと目を閉じた。その仕草は、小さな子供のようで、初めてありがとうとでも言われたような驚きと、喜びの表情にも見える。
「旦那って、天性の人たらし?」
「は? 意味わかんねえんだけど」
「ふふん~確かに、旦那を好きになる気持ちはわからんでもないんだぞい。ポメの兄貴がご執心なのも、なんとなく」
「おい、下種。主はやらないからな」
ゼロは俺をグイッと手繰り寄せて、自分の腕の中で抱きしめる。あまりに独占欲丸出しなもんだから、こっちも恥ずかしくなってきて思わず「離せよ」と言ってしまう。だが、そんなことしったこっちゃないと、ゼロは俺を思いっきり抱きしめた。骨が軋んで痛い。
ツェーンはそれを見ても変わらずの笑顔で、俺たちを生暖かい目で見る。
「とはいっても、旦那は吾輩の雇い主でもあるから、ポメの兄貴のご主人様じゃないぞ?」
「じゃあ、ラーシェだ。ラーシェは誰にも渡さん」
「おい、ゼロ…………恥ずかしくないのか」
こんな小さい……でも成人しているかわいいライオンの獣人と張り合って、大人げない。
ツェーンはそんなゼロが面白くってしょうがないのか、ちょっかいをかけたくてうずうずしているようだった。これ以上ゼロの機嫌が悪くなっても困るし、何より屋敷内で暴れられて、屋敷の中がめちゃくちゃになるのは避けたかった。クライゼル公爵がいない以上、屋敷の管理は俺と老執事の二人が中心となってしているわけで、何かあったら俺の責任になる。
ゼロとツェーンを引きはがすべく、俺はゼロの腕から抜け出して、ツェーンの手を握った。後ろでものすごい舌打ちが聞こえたが、俺はツェーンの顔を見て、訴える。
「そういや、ツェーン呼び止めて悪かったな。お遣いいくんだろ?」
「んーそうだったっけ」
「そうだっただろ! 早く行ってこい」
「えー行こうとしてたのに、やる気がなくなったんだぞい」
子供か! と突っ込みを入れながら、後ろの気配を感じつつ、ツェーンの説得に挑む。早くこの二匹を引きはがしたい気持ちでいっぱいだった。
ツェーンはゆらゆらと体を動かした後、仕方ないなあ、というように手に持っていたカゴを握り直しひょこりと俺の身体に隠れながらゼロを見た。俺の位置からじゃどんな表情を七えるかわからなかったが、次の瞬間ちゅっとリップ音が耳の近くでなる。
「今日はこれくらいにしてやるぞい。ポメの兄貴、あんま嫉妬する男は好かれないんだぞ?」
ツェーンはそういうと脱兎のごとく、俺とゼロの間を縫っていってしまった。まるで嵐が去っていったような、あたりは静寂に包まれた。
背中にゼロの気配を感じつつ、今のツェーンの行動で怒っているのではないかと振り返るのが怖かった。ゼロは、嫉妬深いというのを最近身をもって知ったし今のは耐えきれなかったんじゃないかと思った。
俺も逃げるか、と考えていると「ラーシェ」とあの低い声で名前を呼ばれる。その声がぞわぞわっと鼓膜を刺激して、俺は振り替えざるを得なくなった。体が勝手に動くといったらいいか、振り返ればゼロがすぐ近くまで迫っていた。
「はは…………まあ、許してやれよ。お前の弟みたいなもんだし」
「誰が弟だ。そもそも種が違うだろ」
「犬と猫……」
「そういうことじゃない。いや、そういうことなのか」
と、ゼロは一瞬悩みつつも、そんなことよりも、と俺の顔をごしごしと手で拭く。ツェーンがキスしたところはそれはもうアライグマかってくらい擦るので、正直痛くて仕方がなかった。
何すんだよ、といってもゼロは気が済むまでやめてくれなかった。なので、そのまま放置していればようやく気が済んだのかゼロがふうと息を吐く。
「ラーシェはもっと危機感覚えたほうがいい」
「危機感って。だから、ツェーンはそんなことしねえって。やるのはお前くらいだろう」
「別に、俺だってラーシェを襲ってないだろう。同じにするな」
「それはきっとツェーンがいいたいことだろうよ……はあ。なんでこうなっちまったかなあ」
俺のせいなのだろうか、本当に。
ちらりとゼロを見れば、なぜかまだむすっとした顔で俺を見ていた。ツェーンと同列に扱われたことにでも腹を立てているのだろう。こんなにも分かりやすいやつだったなんて、数か月前の俺は思わなかっただろう。
俺は機嫌をとるために、ゼロにかがむように言って頭を撫でる。チクチクと掌にゼロの灰色の直毛が刺さる。その感触を楽しんでいると、ふとゼロと目があって、次の瞬間には両側から頬を挟まれそのまま、ツェーンがキスしたところに噛みついた。
「いってぇ~~~~!! ほんと、何考えてんだ、ゼロ!」
「マーキングだ。それで、少しは変な虫がつかないだろう」
「そんな理由で頬っぺた噛むやつがあるか! 絶対に歯形いってるだろ!」
ひでえ、と俺は涙目でゼロを見たが、ゼロはそんな頬を抑えている俺を見て嬉しそうに笑っていたのだ。そのまんざらでもないという顔がむかついたが、同じように噛みつくなんてことは俺はしなかった。人間だし。
(早く呪いが解けたら、少しは人間らしく何のかなあ……)
この狂犬、躾は失敗したし、だんだんと駄犬になっていく。このままでは主導権を握られそうで怖いし、何よりもこのあいまいな関係ではいけない気がするのだ。
俺が、答えを出すまではゼロも……
「ゼロ、約束覚えてるだろうな!」
「ああ、ラーシェの嫌がることはしないだろ?」
「そうだけど、違げえ! もう、どうせわかってんだろうから、言わねえけど。わかってんだろうな!」
「面白い言葉だな。わかっている。これは、あくまでお試し期間だ。その間に、俺がラーシェを惚れさせればいいんだろ?」
「ああ! 証明として、呪いが解けるはずだしな!」
これも、一つの呪いを解く方法。俺はそう言い聞かせて、ゼロが噛んだほうの頬を強く、痛みを紛らわせるために押しつぶした。