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永遠亭の門前に辿り着いた俺たちの前に、一人の少女が立ちはだかった。 長い兎耳を揺らし、その瞳は不気味なほどに真っ赤に輝いている。鈴仙・優曇華院・イナバだ。
「……愚かな地上人ね。ここから先は、狂気の波長に飲み込まれた迷宮。あなたたちの五感なんて、私の前では何の意味も持たないわ!」
鈴仙が瞳を見開いた瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。 空の月が十個に増え、地面は波打ち、霊夢や魔理沙の姿さえもが残像のようにぼやけていく。
「うわぁぁっ! なんだこれ、三半規管がめちゃくちゃだ! 吐きそう……!」 「くっ、視界が定まらないわ……! これじゃスペルカードが狙えない!」
霊夢たちが苦戦する中、俺は地面に這いつくばりながら、必死にリュックから「いつものセット」を取り出した。
「(……目が見えないなら、見なきゃいいんだ。料理は、火の音と、香りと、指先に伝わる抵抗で決まる……!)」
俺は潔く目を閉じた。 視界が消えた瞬間、狂気の波長による眩暈がスッと引いていく。
「……何をしているの? 逃げ出すこともできずに、ついに発狂したかしら」
「違うな。……今から、あんたの鼻をへし折る料理を作ってやるよ!」
俺は手探りでカセットコンロに火をつけた。 チッ、チッ、ボッ! 音で火力の強さを判断する。鍋に注いだ白だしが温まり、小さな泡が弾ける「音」を聴く。
「(今だ……!)」
俺は目隠し状態で、正確に白だしと水を配合し、隠し持っていた「乾燥わかめ」と「お揚げ」を投入した。 普通なら包丁で指を切るような状況だが、俺の指先は、これまで何万回と刻んできた食材の感触を完璧に記憶している。
「ふん、無駄な抵抗を。そんな得体の知れないスープで、月の民である私の……」
鈴仙の言葉が、ふっと途切れた。 歪んだ空間の隙間を縫って、「究極の白だし」の暴力的なまでの滋養の香りが、彼女の鼻腔を直撃したからだ。
「……な、なに。この、波長を乱すほどに力強い香りは……」
「これこそが、地上の『旨味』だ! 目を閉じれば、あんたの狂気なんてただの雑音なんだよ!」
俺は無心で鍋を振り、出汁の対流が作り出す「コトコト」というリズムに合わせて、最後の一煮立ちを終えた。
「完成だ! 『狂気払い・黄金の白だしスープ』! さあ、飲んで正気に戻りやがれ!!」
俺は目を開けず、香りが一番濃い方向――つまり鈴仙が立っているはずの場所へ、熱々のスープが入った器を差し出した。