「……はふぅ、美味しかった……。負けました。こんなに『芯』の通った味、月の都の冷たい食事にはなかったわ……」
スープを飲み干した鈴仙は、すっかり狂気の瞳を和らげ、長くピンと立っていた兎耳をぺこんと力なく垂らした。彼女の周りで歪んでいた空間が、霧が晴れるように元の静かな竹林に戻っていく。
「案内します。……でも、覚悟してくださいね。奥にいる師匠とお姫様は、私なんかよりもずっと……その、一筋縄ではいかない方々ですから」
「上等だ。白だしの瓶はまだ予備がある。案内してくれ!」
俺たちは鈴仙の後について、巨大な屋敷――永遠亭の門をくぐった。 中に入ると、外の竹林とは一変し、廊下は鏡のように磨き上げられ、空気にはどこか薬草の匂いが混じっている。
「……ここが永遠亭。なんだか、空気が止まってるみたいに静かね」 霊夢が警戒しながら周囲を見渡す。
「そりゃそうだぜ。ここは永遠を生きる連中の隠れ家だからな。……って、おい料理人! またそおっと歩いてるな?」 「当たり前だろ! 魔理沙! 相手は月の賢者とかいうヤバい奴なんだろ? 廊下の隙間からレーザーとか飛んでくるかもしれないじゃないか!」
俺はリュックを盾にするように抱え、忍び足で鈴仙の後を追った。 やがて、一番奥にある巨大な襖の前に辿り着く。
「……師匠、お姫様。お客様をお連れしました。……とっても美味しいスープを作る、地上の人間です」
鈴仙が震える声で告げると、襖が音もなくスゥ……と開いた。
そこには、悠然と座る二人の女性の姿があった。 一人は、星空を纏ったような不思議なドレスを着て、優雅に扇子を弄ぶ黒髪の美女――蓬莱山輝夜。 そしてもう一人は、白と紺の奇妙な服を纏い、冷徹なまでの知性を瞳に宿した銀髪の医師――八意永琳。
二人の視線が、同時に俺へと注がれる。
「あら。てゐやうどんげを懐柔してここまで来たというから、どんな猛者かと思えば……。ただの、出し汁まみれの人間じゃない」
輝夜がクスクスと、鈴を転がすような声で笑った。
「永琳、どうかしら。この男の持っている『黄金の液体』、私たちの永劫の退屈を癒す薬になると思う?」
永琳は無表情のまま、俺の手に握られた白だしの瓶をじっと見つめた。 「……成分を分析するまでもなく、強烈なアロマが漂っていますね。……面白い。ちょうど新しい薬の実験に、刺激の強い素材を探していたところです」
「じ、実験!? 食べるんじゃなくて実験なのかよ!」
俺は思わず一歩下がった。 吸血鬼の館も怖かったが、この永遠亭の「知的な狂気」は、また質の違う恐怖を俺に植え付けてきた。






