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岩崎のたくましい腕に抱《いだ》かれ、口付けを受けた月子の体から力が抜た。
同時に、言葉に現せない穏やかだが熱を帯びたような感覚が駆け巡っていく。
つと、よろけるような浮遊感に襲われ、月子の体は小さく揺れた。
すると、しっかりと抱き止めてくれる腕がある。
自分は守られているのだと実感し、月子は甘えるように岩崎へしがみついた。
「す、すまない。月子。驚かしてしまったか!」
岩崎が戸惑いながら月子へ言う。
「驚くのも無理はない!まだ祝言前だというのに、軽々しくも、このようなことをしてしまったのだから!だがっ!言った事は本当だ。本当に月子と添い遂げ月子を守りたいと思っている!し、しかしだなっ、そう言って、このような事をしてしまうのは、やはり男としては卑劣だっ!私達は祝言前なのだからしてっ!月子!す、すまん!私が、悪かった!!」
昼間から、こうして抱擁しているのは祝言前の男女がする事ではないと岩崎は必死に弁解しながら月子の体を離した。
しかし、その勢いが強すぎた様で月子の体は後ろへ倒れこむ。
「危ないっ!!」
岩崎は手を伸ばし助けようとするが、月子は床に尻餅をつき背後の柱で頭をぶつけてしまった。
その様子に気が焦った岩崎は、足がもつれ倒れこみ、框にしこたま脛《すね》をぶつけてしまう。
痛っったぁーーーー!!
玄関に二人の絶叫が響き渡った。
月子はうずくまり柱にぶつけた頭を抱え、岩崎はというと上がり框に仰向けに倒れ、向こう脛を押さえている。
「痛ってぇ!弁慶の泣き所だっ!!痛いっ!!」
打ち所が悪かったと悶絶している岩崎の姿に、痛いながらも月子は吹き出した。
「あっ!笑い事ではないぞっ!足の小指もぶつけたら痛いがなぁ、弁慶の泣き所は、たまらんだろっ!!!」
必死に抗う岩崎の姿がおかしく、月子は声を立てて笑っていた。
「そんなに笑うことはなかろうっ!」
不機嫌に岩崎は叫ぶ。その様子に月子は再び笑ってしまう。
「……まあ、なんだ、確かに痛いが、月子の笑い声を聞けたのだから由としよう。泣かれるより、ずっといい……」
恥ずかしそうに、そっぽを向いて岩崎は言った。
そんな照れ隠しする姿に、月子はふとあることを思いつく。
そして、岩崎へ近寄るとその頭に手を添え、
「……痛いの痛いの……飛んで行け……」
呟きながら、岩崎の頭を撫でてやる。
「つ、月子?!」
「あっ、あの、こ、これは、おまじないで、母さんが昔してくれてて……だから……痛くなくなるので……」
月子は、恥ずかしさから口ごもった。
「う、うん……い、痛いが、い、痛く……ない。そ、その、やはり、痛い。だから、もっと……」
心無し月子へ甘えるように言う岩崎に月子は頬を染めつつ、ゆっくり岩崎の頭を撫でながら、おまじないを唱え続ける。
岩崎は、その端正な顔立ちをほんのりと染め、月子のなすがままになっていた。