テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

 ────9月中旬。いつもの農作業の後、俺は今日もまた菊の病室に向かっていた。


 廊下の一番奥の扉を開け、更に仕切りのカーテンを開けると、忽ち現れる彼の姿。


「菊!」


 俺が呼ぶと、菊は振り向いた。そして俺が持っているものを目にして、目を見開いた。


「わぁ…………ススキ、ですか」

「そうなんだぜ!今日は中秋の名月だろ?」


 ふわりと揺れる、黄金色の穂。その辺の原っぱから刈り取ってきたそれを、俺は戸棚に置かれた花瓶に挿した。


「せめて雰囲気だけでもと思って、持ってきたんだぜ。月見団子はこのご時世、贅沢品だから…………」

「いえ、愉しいものを持って来てくれて、有り難う御座います。貴方の気持ちが、私は嬉しいです」

「…………それはどうもなんだぜ」


 笑みを浮かべ、俺に礼を述べる菊。今日は体調が良いのか、いつもよりも健康的な肌色をしていた。


「…………そうだ、勇さん」

「どうしたんだぜ、菊?」

「その、貴方が良ければ……今晩私と一緒に、お月見しませんか?」

「…………お前と?」

「ええ、2階のあのバルコニーでです。先生と看護婦さんには事前に許可を貰いますので…………なので、どうですか?」


 ────愛しい愛しい菊からの、お誘い。答えは勿論、一択だけだ。


 俺は笑って言った。


「勿論、行くに決まってるんだぜ!」





 その日の晩のこと。


 両親には付近を散策するとだけ話し、俺は家の外へ出た。虫の声が聞こえる中、夜の診療所へと向かう。


 今宵は満月。いっそうと明るい月の光が、街灯の代わりに夜道を照らす(というかそもそもこの村、ド田舎なので街灯が一つも見当たらないのだ)。


 やがて辿り着いた診療所。「菊君が待ってるわよ」と、あの壮年の看護婦に促され、 バルコニーへと繋がる階段を上っていく。


「来たんだぜ、菊!」


 扉を開けた先には────寝台の縁に座りながら、俺があの時あげたススキを一房手に持ち、月を眺める菊の姿。


 菊はこちらを振り向き、俺を視界に捉えると、忽ち柔和な笑みを浮かべた。


「こんばんは、勇さん。満月、綺麗に出ていますよ」

「本当なんだぜ!今日は晴れて良かったんだぜ!」

「…………ふふっ」


 空を見上げれば、浮かぶのは丸い丸い月。見惚れるほどに、綺麗な綺麗な月。


「…………勇さん」

「うん?」

「私の隣に…………座ってくれますか?」


 ぽんぽんと、寝台の脇の空いているところを、菊が掌で軽く叩く。


「良いのか?」

「せっかく二人で見るんですから…………」

「…………分かったんだぜ」


 俺は頷いて、菊の隣に座る。二人分の重みで、寝台が少しばかり軋む。そして徐ろに、隣にいる菊を見る。月の光が、端正な顔を青白く映す。


「…………綺麗なんだぜ」

「ふふ、綺麗ですよね、月」

「月もそうだけど、お前もなんだぜ」

「…………えっ」


 菊は驚いたように、こちらを向いた。俺は続ける。


「初めて会った時から…………お前のこと、綺麗だなって思ってたんだぜ」

「そ、そんな…………男ですよ、私」

「綺麗に男も女も関係無いと、俺は思ってるけど?」

「そ…………そうですか…………」


 菊の頬が桃のように、忽ち紅く染まる。


 チンチャ、キヨウォ────俺は心の中で、そう呟いた。





 月を眺めて暫くした頃、ふと肩に感じた重み。


 見ると、菊が────俺に身体を預け、眠っていた。すやすやと、穏やかで、静かで安らかな寝顔が、そこにあった。


 俺は菊の身体をそっと抱き上げた。そして耳元に顔を近づけ、こう呟いた。


오늘 밤은 달이 예쁘네요今宵は月が、綺麗なんだぜ…………즉, 사랑한다つまり、愛してる…………」


 そして頬にこっそり口付けを落とし、彼を病室に連れ帰るべく、その場を後にした。


 刹那────微かに笑みを浮かべたのは、俺の気のせいだろうか。


 そういえば、今日は一つもB29を見なかったな。


loading

この作品はいかがでしたか?

36

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚