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ざわついた空気の中、遥はひとりの席で弁当を開いた。あれから一夜明けた教室は、静かすぎるほど静かだった。
けれど、“静寂”は決して平穏を意味しない。
女子たちは何も言わずに距離を取りながらも、視線だけは鋭く突き刺してくる。
まるで「次はいつ始めるか」を計っているように──。
遥はそれを知っていた。
知っていて、それでも笑う。
「……おいしそうだろ? 今日の、ちょっと豪華」
誰にともなく言った声は、かすかに震えていた。
蓮司に言われた通り、“恋人らしいこと”をしてみせる必要がある──日下部に、信じさせるために。
ふいに、教室の扉が開いた。
遅れて登校した蓮司が、いつもの気だるげな足取りで入ってくる。
女子たちの空気が、わずかに揺れた。
「なにか起こるのでは」と期待と苛立ちが入り混じった視線が、蓮司と遥の間をさまよう。
蓮司はちらと遥を見たあと、ふらりと彼の机に近づく。
そして、ためらいもなくその隣に腰を下ろした。
「……ねえ、今日、甘いやつ入ってる?」
遥は一瞬、息を止めた。
けれど、すぐに笑った。
「あるよ。食べる?」
蓮司は唇の端をわずかに持ち上げる。
「じゃ、もらおうかな。……“彼氏”だから、いいよね?」
その一言で、空気が凍った。
女子の中の数人が小さく息を呑むのが聞こえた。
遥は震える指で、弁当箱の端を差し出した。
まるで“与える”ことが愛の証明であるかのように。
蓮司は甘い卵焼きをつまんで、口に放る。
「ん。……微妙」
「うっせ……自分で作ったんだぞ」
「それが問題だって言ってんだけど?」
軽口を交わしながらも、遥の視界の端には──日下部の姿がある。
遠くの席から、じっとこちらを見ていた。
口元は笑っていない。目だけが、異常なほど鋭い。
“信じさせたい”。
遥はそう思った。
理由はわからない。ただ、自分が壊れていくこの過程を──
唯一、日下部だけには見せつけておきたかった。
誰も信じてくれない“演技”を、
彼にだけは信じ込ませたかった。
「ねぇ、次、どこ行く?」
蓮司が言う。
「……どこでも。蓮司が行きたいとこで」
「じゃあさ、“恋人”らしくさ──今度、手繋いで歩く? 学校の中で」
「……」
「見せつけないと、意味ないでしょ? 日下部くんとかに」
遥の手が、ほんの少し震えた。
日下部は、何も言わない。
だが、その視線は、“怒り”でも“疑念”でもない、
──哀しみに近い何かを孕んでいた。
遥はそれに気づかないふりをして、
少しだけ、口元を吊り上げて笑った。
「……べつに、俺、見せびらかしたくて言ったわけじゃないし」
「へぇ。じゃあなんで?」
蓮司が面白そうに問いかけた。
だが遥は、答えずに箸を口に運んだ。
甘さを失った卵焼きが、喉を通らなかった。
──この“恋人ごっこ”は、
もう、誰のためのものかもわからなくなっていた。
※無理……こういうの何も浮かばない……雑になる……