テラーノベル
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遥と蓮司が並んで座るその光景は、明らかに“異物”だった。
教室の誰もが、視線をそらすふりをしながらも──意識は確実に、そこへ集中している。
けれどその中で、日下部だけは隠さなかった。
視線も感情も、あからさまに。
彼の目には、疑念と怒り、そして……焦りが宿っていた。
「……蓮司」
呼びかけは、静かだった。
蓮司は振り返らない。
あくまで遥の弁当から箸を伸ばしながら、軽く言葉を返す。
「ん? なに?」
「……おまえ、本気であいつと付き合ってると思われたいわけ?」
蓮司はようやく顔を上げ、にこりと笑う。
笑顔の奥に、悪意があることを隠さない。
「いや、俺は別に。“演じてるだけ”って、言わなきゃわかんないの?」
その一言に、日下部の眉がわずかに動いた。
「──だったら、やめろよ。そんな見せつけるみたいなこと」
「なんで?」
「遥は、おまえみたいな奴に……」
「“おまえみたいな”? それ、どういう意味?」
蓮司の声が、わずかに低くなる。
けれど表情は崩れない。むしろ、愉快そうに目を細めた。
「遥のこと、心配してんの?」
日下部は言葉を詰まらせる。
否定できない。だが肯定すれば、何が変わるというのか。
「……心配してるのは、誰かの“もの”にされてることだよ」
「へぇ。誰かの“もの”……ねぇ」
蓮司は遥の肩をぽん、と叩く。
「じゃあさ、聞いてみる?」
遥は弁当箱を手に持ったまま、固まっていた。
けれど──逃げなかった。
「遥。おまえ、誰の“もの”?」
その問いかけは冗談のようで、冗談で済まされない重さを孕んでいた。
教室の空気が、凍る。
遥は、ほんの一瞬、日下部を見た。
その目に、わずかな迷いと、……痛みがあった。
だがすぐに、蓮司の方へ向き直り、口角を上げる。
「……俺、こいつの“彼氏”だから。忘れたの?」
沈黙が落ちた。
日下部の表情から、わずかに血の気が引いていく。
蓮司はそんな彼を見て、にやりと笑う。
「だってさ。残念だったね」
その言葉には、勝者の余裕と、
──無邪気な悪意が込められていた。
遥の笑顔は、相変わらずぎこちなかった。
けれど、その不自然さすら“信じさせる演技”のように見えた。
──それが、蓮司の“手綱”だった。
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