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一週間が経った。
ココロは、少しずつ、学校の空気に馴染んでいた。
最初は、教室に居てもどこか浮いたような空気をまとう存在だった彼女だが、今では休み時間になると自然と誰かが話しかけてくるようになった。クラスの女子たちは、ココロの言葉遣いや知的な雰囲気に最初は戸惑っていたものの、慣れてくるとその静かなユーモアや、時折見せる小さな笑顔に惹かれていった。
「ココロちゃんって、落ち着いてるのに面白いよね〜」
「うちのクラスに来てくれてよかったって思う〜」
そう言われるたびに、ココロは「……恐縮です」とそっけなく返しながらも、その表情はどこかやわらかくなっていた。
でも、そんな日々のなかで――
ココロには、どうしても気になることがあった。
円ちゃんが、距離を取るようになったのだ。
最初は偶然かと思った。でも、何度も何度も、同じようなすれ違いが続いた。話しかけようとしても目をそらされ、下校を誘っても「今日はちょっと……」と、曖昧な笑顔でかわされる。
（……どうしたんでしょう、円ちゃん）
胸の奥に、小さな疑問が積もっていく。
同時に、指先に妙な違和感を覚えるようになったのは、ちょうどその頃からだった。
ある日、廊下ですれ違った生徒と軽く肩が触れたとき――
「……え？」
ココロの手が、すり抜けた。
まるで、相手の肩を通り抜けるようにして。
手を見る。指先が……うっすらと、透けていた。
（まさか……）
慌てて保健室の鏡の前で、もう一度自分の手を見た。
その表面はうっすらと透明になり、すこしずつ――まるで、何かに溶けていくように、存在感が薄くなっていた。
「……寿命が、近づいてる……？」
頭が真っ白になる。
でも、なぜ？
確かに、ココロが“教科書の中の存在”としてこの世界にいるためには条件があった。
それは、「円ちゃんの心が、周囲とちゃんと通じ合っていること」
そして、「喧嘩やわだかまりといった、強い負の感情がないこと」
円ちゃんは……みんなと仲良くしているはずだった。
なのに。
（……円ちゃんが、誰かと喧嘩を……？）
◆ ◆ ◆
放課後。昇降口。
ヒカルとレキがしゃがみ込んでジュースを飲んでいた。そんな二人に、ココロはまっすぐ歩み寄る。
「ヒカルさん、レキさん。お尋ねしたいことがあります」
「……ん？ なになに、怖っ。声が真面目すぎる〜」
「またなんか堅い話〜？ ココロちゃんって、たまに詰め将棋してるみたいな目するよな〜」
ココロは少しだけ目を伏せて、ためらいがちに言葉をつなぐ。
「……円ちゃんの、様子。なにか、変だと思いませんでしたか？」
ふたりは顔を見合わせた。
「……あ〜、たしかに最近、ココロと一緒にいないこと多いな？」
「声かけても、なんかふわっとしてて、返事だけで去ってく感じ。レッキーでも気づくくらいには、ちょっとおかしいかも〜」
「何か……心当たりはありませんか。誰かと、喧嘩しているような様子とか」
「喧嘩かぁ……それっぽい場面は見てないけど……」
「でもほら、女子ってさ〜。静か〜にギクシャクすることあるじゃん。あれ、男子にはまじでわかんないやつ〜」
レキの言葉に、ヒカルも苦笑いする。
「ま、気にするな〜ってのは無理か。……でも、円ちゃんとちゃんと話せばいいんじゃないの？」
「……それが、できれば苦労しません」
ココロは、靴の先で床を少しだけ蹴った。
（避けられている。確実に。あたしのことを、避けてる）
この数日、何度も話そうとしても、円ちゃんは自然な笑顔で距離を取る。それがあまりにも「自然」すぎて、余計に深く刺さる。
まるで、円ちゃんが自分から目を背けているようで。
そして、その心のどこかで――
（“あたしと喧嘩してる”と思ってるんじゃないか）
ふと、そんな可能性が浮かび、ココロの胸をぎゅっと締めつけた。
「……一度、話します。どうしても、確かめたいことがあるので」
その夜。
ココロは、そっと自室の窓を開けた。
外には涼しい風が吹き、街灯の下で夜の虫たちが鳴いていた。
手を見る。指先が、さらに薄くなっている。
でも、まだ触れる。まだ、現実に留まっていられる。
（……お願いです、円ちゃん。早く、話をさせて）
もし――もし、あの人があたしを避けてる理由が、自分にあるのだとしたら。
それを知らないまま、“消える”なんて――
あまりにも、嫌だった。
そして、翌日。
昼休みの教室。ココロは意を決して席を立ち、円の席へ向かった。
けれど――
「あっ……ごめん、ちょっと……生徒会室、行かなきゃで……！」
円は、顔も見ずに教室を出ていった。
その背中を、ココロはただ黙って見送った。
（円ちゃん……）
その姿が、どこか遠い場所へ行ってしまうように見えた。
だが、ココロは追わなかった。
“追いかければ傷つけてしまいそうだ”と、なぜか感じてしまったから。
ココロの手は、また少し、透明になっていた。
つづく
コメント
1件
leafちゃん夏休み専用部屋作ったぞいっ☆ 時間あれば見て〜〜✨️
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