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2話 まさかの再会
事を終え、先にベッドから降りたのは俺だった。
「シャワー浴びてくる」と、逃げるようにバスルームに入り、蛇口を勢いよくひねる。
熱い湯を思い切り顔に当てれば、さっきまでの高揚感がどんどん排水溝へ流れていった。
なんだよ、今の……。
彼女の言葉をその場限りの冗談と思いたくても、切ない声や瞳、流した涙が頭にこびりついて離れない。
“あなたのことが好きなんです”
「なんだよ、それ……」
部署の違うあの女のことで、唯一知っているのは彼氏がいるという噂。
俺にも学生時代から10年付き合っている彼女――― 麻耶(まや)がいるし、3か月後には麻耶の両親に結婚の挨拶に行く予定だ。
本音を言えば結婚なんてしたくない。
でも30歳を前にして、他人や親にしつこく「結婚は」と聞かれるのにいい加減疲れた。
麻耶に対して、好きなんて感情はとっくに消えている。
それでも気をつかわず、結婚しても子供が欲しくない俺を理解しているのも麻耶だけだ。
結婚するならこいつと結論づけたけど、結婚という檻に閉じ込められる前は、せめて自由のままでいたかった。
麻耶と話し合い、結婚前まではお互い浮気も遊びと割り切る約束をした。
だけど、時に遊びは火傷だって負うと、今日は身にしみた。
バスルームを出て、時計を見る。
時刻は午前3時。
シャワーで彼女の匂いは洗い流せたが、気分までは流しきれず、重い気持ちで部屋に戻った。
見ればベッドに彼女の姿はない。
「……なんだ、帰ったのか」
タクシーも捕まらない時間だが、帰ったことにほっとした。
張り詰めた気が緩み、俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気に飲み干す。
あぁ……失敗した。
会社関係の女には手を出さない主義だったのに、飲み過ぎたせいで判断が鈍った。
そんな女に見えなかったが、万が一会社で言いふらされたらと思うと、ため息しか出てこない。
ベッドに腰かけ、窓に目を向ける。降り続く雨は、依然として止む気配がなかった。
翌日。出社してからあくびが止まらなかった。
あれから目を瞑れば彼女の顔が浮かんで、仮眠すらできていない。
仕事にも身が入らず、いい迷惑だと心の中で何度呟いただろう。
苛々しつつスマホを見れば、メッセージが届いているのに気付いた。
今日うちにこない?
連絡は以前飲み会でナンパした女からだった。
「いいよ」と返事をしかけて、今日は仕事終わりに麻耶と会う約束をしていたのを思い出す。
ごめん、今日は無理。
また連絡する
メッセージを送り、パソコンに向き直った時、部長に名を呼ばれた。
「おーい、 都築(つづき)!昨日話していたフリッツコーポレートのサイトチェンジなんだが、担当デザイナーとの打ち合わせは今日でもいけるか?」
「あぁ、はい。大丈夫です」
「なら連絡するよう伝えとくから、打ち合わせの時間はあとで調整してくれ。デザイナーの名前は 小林(こばやし)だ」
「わかりました」
忘れていたが、昨日新しい仕事が入り、担当のwebデザイナーが決まり次第打ち合わせ予定だった。
小林か……。
webデザイン部とはもう何度も打ち合わせしたけど、その名前は知らない。
新しい相手とは面倒だと思いつつも、しばらくして社内メールが届いた。
システム部 都築様
お疲れ様です。webデザイン部の小林です。
フリッツコーポレートの打ち合わせですが、本日午後5時にミーティングルームでいかがでしょうか。
ご連絡お待ちしています。
小林
俺は簡単な挨拶と共にOKの返事をした。
先週納期を終えたばかりで余裕があるし、打ち合わせの時間はいつでも構わなかった。
それからほかのプログラミングを続けるも、夕方になるにつれて睡魔が襲ってきた。
寝不足のせいで羅列が頭に入らず、これ以上やっても無駄だと、俺は理由をつけて打ち合わせの1時間前にミーティングルームに入った。
当然相手はまだ来ておらず、持ってきたノートパソコンを置き、机に突っ伏す。
ここで少し仮眠をとろう。
アラームをかけようとスマホを見れば、麻耶からメッセージが届いていた。
仕事が終わったら連絡して。
先に終わったら駅前のいつもの居酒屋で待ってる。
「了解」と返事を打ち、もう一度机に突っ伏す。
それから眠りに落ちるまでは一瞬だった。
アラームに起こされ、仕方なく目をあけるも、視界が全部ぼやけている。
だめだ。全然寝たりない。
もう今日は家に帰って寝ようと、麻耶にキャンセルの連絡しようとした時、ドアが開いた。
メッセージを打ちかけていた俺は、まずいとスマホを置いて顔をあげる。
その時、視線が固まった。
「お待たせしました。webデザイン部の小林です。どうぞよろしくお願いします」
彼女を瞳に映しながら、「なんで」と頭の中で声がした。
名前は知らない、でも一晩で体だけはよく知った女。
半日前に俺の部屋からいなくなった彼女が、ノートパソコンを手にドアの前に立っていた。
つづく