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──10年前。 ウィンチェスター爆弾魔事件の起点となる、とある事故があった。
『ルミライト臨界事故』。
あの臨界事故を語るのは簡単だが、そこにどんなストーリーがあり、想いがあったか、それを知らずに事故だけを語るのは物語として面白みにかけると思った。
もし、自分が事件を起こした犯人だとして、強烈なインパクトのある事件だけを語られたら、非常に悲しい。
せめて少しだけ。
ほんの前菜くらいは付き合ってくれないか。
三人の影──その名前すら残されなかった助手たちの物語を。
✧≡≡ FILE_012: 助手 ≡≡✧
キルシュ・ワイミーには、優秀な助手が三人いた。
ここでは、“敢えて”二人の名前は伏せておく。
そう、“敢えて”伏せるのだ。
“敢えて伏せる”ということは、書いている者が意図して記さないということだ。
だがしかし、物語を語る以上何かしらの呼び名が必要だ。
だから、ここではこう名付けよう。
三人の助手のうち、一人は女性。
彼女は仮に『コイル』と名付けよう。
なぜコイルかって?
理由は特にない。
もう一人は男性。『ドヌーヴ』と名付けよう。
うん、これにも意味は無い。
そう、ない。……ないはずだ。
のちに“あの人”がそう呼ばれることがあったとしても──それとは一切関係ない。断じて、無関係だ。
そして最後の一人。
キリス・フラッシュハート。
男性だ。
あだ名は“フラッシュ”。
……ん? この男の名前は出していいのかって?
別にいい。
どうでもいい。
どうせ、その名は後に──世界中の報道で見飽きるほど繰り返されることになるのだから──
さて、話を戻そう。
彼ら三人は、ヴォクスホロウ研究所の地下第七試験室で、ある話をしていた。
昼休憩の時間帯。
実験用パネルの熱が落ち着いたタイミングで、無音の換気音が天井から流れていた頃だ。
「──ねえ、ドヌーヴ。今日の制御盤ってまた別構造だったわよね?」
声の主はコイル。白衣の袖をまくりながら、部品箱を弄っている。
「ああ。昨日深夜にワイミーさんが書き直したらしい」
答えるドヌーヴは、モニターに目を落としたまま。その声は、眠気を煮詰めたような温度だった。
「またか。……いやさ、ワイミーさんのやってること、正直、理解が追いつかない時があるよ」
部屋の隅でジュース缶を傾けていたフラッシュが、口元に笑みを浮かべた。
「すごすぎるってのも罪だな。論文10本分の理論を、メモ1枚で片付けるんだから」
「だからって、毎日図面が更新されるのは、勘弁して欲しいよ」
半笑いでドヌーヴが呟いた。
「私たち、世界の最先端と研究してるなんてね。実感湧かないわ。シャワー浴びる暇もないもの」
「最先端どころか──あれが“最後の兵器”にならなきゃいいけどな」
フラッシュがぽつりと呟いた。
コイルとドヌーヴの手が止まる。
「……何だ?それ。……冗談のつもりか?」
「冗談だと思いたいよ、こっちだって」
フラッシュは椅子の背もたれに身を預けた。
天井を見上げる視線の奥には、言いようのない重さがあった。
「この金属……ルミライトは、電気を損失なく蓄える。発熱もしない。劣化もしない。貯めるだけ貯めて、好きなときに放出できる。もし──これを“高出力レーザーの媒介”に使ったら……どうなると思う?」
「……レーザー?」
「そう。蓄電したエネルギーを、瞬間的に光に変換するレーザー。狙った一点に、秒速で10万度以上の熱を送り込める。場所はどこでも。地上だろうが、宇宙だろうが。要は──照準さえ定まれば、“その都市”をまるごと消せるって話」
コイルの表情が凍る。
「……それって──」
「“核”より早くて、きれいで、誰が撃ったかも分からない。世界を取るには、これ以上ない道具だ」
部屋が静まり返った。
冷却ファンの音が、空気の隙間を埋めるように回っている。
「……………」
「……ワイミーさんは、そんなことのために発明してるわけじゃないわ」
ようやく、コイルがかすれた声を出す。
「私たちだってそう。……誰かを焼くために、ここにいるんじゃない。そうでしょう?」
「そりゃそうさ」
ふいにフラッシュが肩をすくめた。
「でも、さ──」
彼はわざとらしく、間延びした声で言う。
「……俺、“盗聴器”作るの、趣味だろ?」
「ぷっ!」
ドヌーヴが思わず吹き出す。
「……もう……」
コイルは、呆れ顔で小さくため息をついた。それでも、すぐに表情を緩めてしまうのが、彼女の優しさだ。
フラッシュは、にやりと笑いながら、背もたれに深く沈み込んだ。
「聞いちゃったんだよ。政府の連中が話してんの。ルミライトが実用化されたら──次は“月面レーザー衛星”だって」
「月面レーザー……?」
コイルが眉を寄せる。
「ああ。要するに、狙った一点に、瞬間で──10万度の熱を送り込める。場所は地上でも宇宙でも。要は、照準さえ合えば“都市ひとつ”を消せるレーザーだ」
言葉の重さに、コイルがしばらく黙る。
やがて、そっと口を開いた。
「……でも、それを止める方法だってあるはずよ」
「どうやって?」
コイルは微笑む。まっすぐに。
「……この金属を、“そういうこと”に使おうとする人たちに、渡させなければいいのよ」
「それは……案外難しい提案だな」
ドヌーヴが呟く。
フラッシュは、腕を組んでコイルを見た。
「……つまり、規制ってやつか?国家単位で?」
「そう。使用目的を限定する“法律”。ルミライトは“送電用”としてのみ認可。軍事利用、兵器転用、研究目的の複製は禁止。製造や管理は、国際的な監視下に置く。……そういう“枠組み”を作っておくの」
フラッシュは少し目を細めた。
「理想的だな。でも、それを誰が守る?“人間は、賢くて便利なものをより便利に使う生き物だ。法律より早く、誰かが抜け道を見つける。きっと軍のどこかが“応用研究”って名目で先に触るだろう」
「分かってるわ」
コイルは、声を落とした。
「でも、設計の段階から“悪用される前提”で造るより、“正しい用途しか認めない”って姿勢で始めたほうが、少なくとも、未来は選べると思うの」
フラッシュは、しばらく目を伏せた。
「……世界の未来を発明するのがワイミーさんなら、その未来を“信じて”造るのは、俺たちか」
「ええ、そのためのルミライトよ」
ワイミーの夢を、希望のかたちにする。
誰かの手で握りつぶされる前に、光のままで残しておきたい──そういう大人達がここには集っている。
しばらく、誰も口を開かなかった。
時計の針が鳴る音すら、やけに遠くに聞こえた。
ふいに──フラッシュが、髪を弄りながら呟いた。
「……ところで、さ」
「ん?」
「その、お前たちの結婚式──本当に俺がベストマンでいいのか?」
それは冗談にも聞こえるし、深刻にも聞こえる、奇妙な温度の問いだった。
ドヌーヴは、一瞬だけ沈黙し、爪を密かに弾いた。
「他に頼める奴がいないんだよ……。俺とコイルに共通する友達……フラッシュしかいないし──」
素直すぎる答えが返ってきた。
でも、そこにあるのは責めでも距離でもなく、“お前にだけは、嘘をつきたくない”という空気だった。
「……いないのかよ」
フラッシュは苦笑した。
「ごめん」
「はは、なんで謝るんだよ、謝るなよ」
ツッコミのようでいて、ドヌーヴにとってはほんの少しだけ救われた。
「……まぁ、しょうがねぇな」
「……………ごめん……」
そこに──
「──何の話をしてるんだ?」
3人が同時に振り返った。
扉の向こうから、白衣姿の男が現れた。
両手には紅茶のティーセットと焼き菓子のトレイ。
どこか茶会のような気配すら漂わせながら、彼はいつものように微笑んでいた。
──キルシュ・ワイミー。
「お、お疲れさまです、ワイミーさん」
フラッシュが立ち上がろうとするのを、ワイミーは片手を上げて制した。
「いい。座っていてくれ」
彼は穏やかに笑いながら、机の端にそっとトレイを置く。
紅茶の香りと、焼き立てのショートブレッドの甘い匂いが、研究室の空気を和らげた。
「わあ! 美味しそう!……いいんですか?」
コイルが思わず声を上げると、ワイミーは確かに頷いた。
「集中力が落ちてくる時間帯だろう。糖分補給は、必要だからな──いや。そんなの言い訳か。それ以上に、君たちへの感謝だ。遠慮なく食べてくれ」
「なら、いただきます」
ドヌーヴは飾り気のない口調でそう言って、迷いなく菓子をひとつつまむ。
「んふ……うまい」
幸せそうに食べるドヌーヴ。その様子をコイルが見てクスッと笑った。
その横でお菓子をまじまじと見つめるフラッシュが目を丸くした。
「これ──手作りですか?」
ワイミーがティーポットを傾けながら、軽く笑う。
「ああ。昨夜、焼いたんだ」
「昨夜……!?」
フラッシュが思わず声を上げた。
「いや、だって、昨日って深夜まで実験の調整して──」
「うん。焼き始めたのは三時頃だったかな?」
ティーポットをゆっくりと傾けながら、ワイミーはごく自然に答える。
「ワイミーさんって……」
フラッシュは湯気の立つ紅茶を眺めながら、呟いた。
「頭も良くて、仕事もできて、お菓子も作れて、発明もできて……完璧じゃないですか!なんか、バグってません?」
「はは、そんなんじゃない。単に、昔から何かを作るのが好きなだけだ」
ワイミーはごく自然にそう答えると、一枚ショートブレッドをつまんだ。
「……ねえ、ワイミーさん」
と、コイルが顔を上げる。
「このお菓子の作り方教えてくださいよ」
「ああ。今度、レシピを渡そう。……金属工程と一緒にね」
「ふふふっ」
コイルが口元を押さえて笑う。
「そんなレシピ、分量がミリ単位で書かれてそうだな」
「当然だろう。製菓も研究も、誤差との戦いだ」
フラッシュがにやりとしながら紅茶をすすった。
ドヌーヴは黙って、次のショートブレッドに手を伸ばしている。
「──そういえば」
ワイミーはふいに声を落ち着かせて、二人を見た。
「君たちの結婚式、もうすぐだったな」
コイルとドヌーヴが一瞬、顔を見合わせる。
「ええ」
「はい」
「なら──ケーキは私に作らせてくれないか」
「ええっ……」
コイルが目を丸くする。
ドヌーヴも少し驚いたように顔を上げる。
「でも……ワイミーさん、忙しいでしょう。そんな……」
「いや──作らせてくれ」
ワイミーは微笑んだまま、しかしその声には揺るぎない響きがあった。
「私が、君たちにしてやれることなんて、これくらいしかないんだ。機械の調整よりも、数式よりも──これは、私の“手”で作りたい」
その言葉に、しばし沈黙が落ちた。
コイルは、そっと目を伏せて、紅茶の湯気に微笑む。
ドヌーヴは口をふにゃりと上げると「お願いします」と言って、またお菓子を頬張った。
未来の話が、まだちゃんと未来だった頃。
ほんの束の間の、温かい時間だった──