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ゆらゆらと揺れる心地の良い感覚と、安定感のある大きな温かなものが体に触れる。瞼を開くと目の前に広がるのは、黄金色の夕陽と一面に広がる田んぼだった。


「気が付いたか?」

「ふぇ!」

顔をガパッと上げると、その温かな大きなものは男性の背中であり、私はこの男性に背負われていた。


「……お騒がせして、すみません」

ようやくこの状況を受け入れた私は降りようとするが靴がなく、安静にした方が良いと言われこのまま背負ってもらうことにした。


本当に恥ずかしい。保護してくれた人を誘拐犯と間違えるなんて!

非礼の数々に、私は思わず大きく溜息を吐いた。


「大変な思いしたんやな? よく逃げてこれたな? 頼れる人は居るか?」

「あ……」

そうだ、これからどうしよう。

タイムスリップって、いつ帰れるの? どうしたら帰れるの? ……帰れる……よね?

その考えが過ぎった時、ズンッと重くなる心。


え、待って? 帰れるの? 何で、この世界に来ちゃったの? 私、部屋に居たよね? 何で? 何で?

怒涛に浮かぶ疑問に答えてくれる人など居るはずもなく、黄昏時に輝く黄金色の夕陽をただ眺めていた。

どうしよう。私、どうしたら良いの?

家なし、食べるものなし、水すらもない。何日生きられるの?

普通に三食食べて、家のベッドで寝て、水なんて蛇口を捻ればどんどんと流れてくる。それなのにまさか、明日を迎えられるか分からない境遇に陥るなんて考えたこともなかった。

気付けば体がガタガタと震えていて、美しく輝く夕陽までが歪んで見えた。



「んー。分かった、家に来いな」

「……え?」

ためらいのない、当たり前のような口ぶり。

戦時中に? 自分が大変な時に? 見知らぬ私を?


「行くところ、ないんやろ? やから、家に来いな」

落ちかけていた私の体をヒョイと上げ背負い直した男性は、振り返りこちらを見てくる。

黒い短髪に、穏やかで優しい人柄が滲み出る柔らかな目。鼻も口も整っていて、美しく整った顔立ち。

顔を見た途端に私はこの人に背負ってもらっているのだと、一気に体温が上昇する。触れてる体はこの男性より熱くなり、それを知られないようにと出来るだけ体を離す。

すると前を向き、歩き出す男性。私はようやく。


「よ、よろしくお願いします」

そう声に出せた。

背負われたまま頭を下げた私を太陽によって映し出された影で見ていた男性は、「遠慮せんでいいよ」と軽く笑って見せた。


「私、近藤和葉です」

「和葉……。ええ名前やな」

そう呟いたかと思えば足を止め、目の前に佇む大木を見上げる。サワサワと揺れる葉音は風の音を知らせてくれ、温かな初夏の香りがした。


「何歳なん?」

「……十七です」

「俺は立花大志、二十三。年近いし、遠慮はいらんからな?」

「ありがとうございます」

気付けば大志さんの家、立派な瓦棒葺き屋根の木製家屋に辿り着くが玄関のドアは開きっぱなしだった。泥棒が入ったのだとオロオロするが、これは私が出た時のままとのことらしい。

ドアも閉めずに、見知らぬ私を追いかけて来てくれたの? その事実に、胸がギュッと締め付けられる思いがした。


「さあ。ご飯食べよ」

私のご飯まで準備してくれていたことにも。



ちゃぶ台に乗せられた食事は米に麦を混ぜた麦ご飯、じゃがいもの煮付け、それに合うクズ野菜を入れた味噌汁、大根の沢庵。

現代の食事を知っている私には麦を混ぜたご飯はいまいちで、全て味が薄く感じる。

しかも魚も肉も入ってなくて、明らかに少なく貧相な食事。だけど。


「美味しいです。本当に美味しいです」

正座して、その食事を噛み締める。この人の二食分を分けてもらっている。そんな思いで。

おかずにボリュームがあるのも、お腹いっぱいになるのも当たり前。食べれなかったらどうしようなんて、考えたこともなかった。だから。


「ご馳走様でした」

手を合わせ、ただ感謝した。

食後、お湯を準備をするから体を拭いてきてと言う大志さんを押し退けて食器と調理器具を洗わせてもらった。

働かないと次の食事にはありつけない。

大志さんは優しい。だけど、そこに甘えていたらだめだ。その一心で。

こべり付いた米のカスをかき集め小さな皿に乗せる。これも大事な食料だから。


「じゃあ、ここで寝てな」

初めに寝かせてもらっていた和室と布団を、そのまま貸してもらうことになった。大志さんは布団を別室に持って行き、昔使ってた自室があるからと言っていた。

赤い柄の綿布団はボロボロだけどあちこちに縫い直した後があり、大事に使っていたのだと思う。

裸電球を消せば部屋は真っ暗になり、外からの街灯などは一切ない。聞こえるのは蛙達の大合唱。改めてここが、昭和初期時代の田舎だと思い知らされる。


「……人、死んだりしないよね? 私、帰れるよね?」

目をギュッと閉じて手を組み元の世界に戻れること、明日が来てくれることをひたすらに祈った。

八十年越しのラブレター

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