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7話
朝の静けさは、夜とはまた違った優しさで包み込んでいた。
その日、のあは少し早く目を覚ましていた。
カーテンの隙間から差し込む朝の光は、ほんのりオレンジがかったやわらかな色をしていて、床を染めていた。
のあは枕元のスマホを手に取り、画面を見つめながらぼんやり考えていた。
——昨日の夜、大介くんと散歩した庭のこと。
あのとき、少しだけ彼の肩に触れた手の感触が、まだ残ってる気がする。
「なんで、あんなに優しいんだろう」
誰にも聞かれないように、小さく呟いた声は、部屋の空気に静かに溶けた。
ノックの音がしたのは、それから数分後だった。
「のあ、起きてる?」
その声だけで、心臓が跳ね上がる。佐久間大介の声だった。
のあは急いで毛布を整えて、少し髪を整えてから、ドアを開けた。
「おはよう、大介くん」
「おはよ〜!朝食前にさ、ちょっと散歩でもどうかなって思って」
自然体な笑顔で話しかけてくる彼に、のあは胸の奥がじわっと熱くなる。
こんなにも軽やかに、自然に誘ってくれる人は、これまで周りにいなかった。
「……うん、行きたい」
その言葉はほとんど反射のように、口からこぼれていた。
二人は、まだ静かな庭へ出る。
朝露を含んだ芝生の匂いと、花壇に咲く白い花の香りが混ざり合って、どこか懐かしい匂いがした。
「合宿、もう何日目だっけ?」
佐久間が空を見上げながら言う。
「今日で……5日目くらい、かな」
「そっか〜。最初、のあとちゃんと話せるか心配だったんだよね」
「えっ?」
「いや、なんかさ、かわいいし静かだし、近寄りがたい雰囲気あるじゃん。でも話してみたらすごく、落ち着くっていうか……なんか、居心地がいい」
のあは思わず立ち止まった。
佐久間も気づいて足を止める。
「……そういうのって、ちゃんと言ってくれるんだね、大介くんって」
「言わなきゃ伝わらないからね。特に、こういう場所だと余計に」
そのとき、一羽の小鳥が近くの木にとまってさえずった。
朝の静寂に混ざるその音が、どこか二人の距離を近づけてくれたようだった。
のあは少しだけ手を伸ばして、佐久間の袖をそっとつまむ。
「私も……大介くんといると、安心する」
佐久間は目を見開いたあと、ふっと優しく笑った。
「……よかった。なんか、嬉しい」
そのまま、のあの肩に手を置き、寄り添うように立つ。
まだ言葉にできない。
でも、確かに感じる「好き」が、心の中で静かに膨らんでいた。
数分の散歩のあと、ふたりは並んで洋館の玄関へ戻る。
「今日は練習後、ちょっと休憩時間取れると思うから、また話そう?」
「うん……次は、もっといろんなこと話したい」
交わした視線と約束のような言葉は、まだ恋と呼ぶには早いかもしれない。
でも、確実にふたりは“特別な関係”へと、歩き出していた。