コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
8話
合宿6日目の午後。
その日の練習は特にハードだった。振り付けの確認、合わせの繰り返し。全員が額に汗を浮かべ、息を整えることに必死だった。
スタジオの隅、鏡の前で、たっつんは一人ストレッチをしていた。
真剣なまなざし。だが、その表情はどこか焦りを含んでいた。
(くそ……またズレた。なんで合わせられないんだ)
自分の動きに対する苛立ち。周りに迷惑をかけたくないという責任。
そんな想いが、たっつんの背中に重くのしかかっていた。
そのときだった。
「たっつん、少し時間あるか?」
背後から、低くて落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、そこには岩本照が立っていた。
「さっきの3エイト、俺と合わせてみよう」
岩本の言葉に、たっつんは一瞬戸惑った。
だが、それを見透かしたように、照はさらに続ける。
「たっつんの動き、ぜんぜん悪くない。でも、タイミングのとり方に少しクセがある。それ、直す気あるか?」
真正面からぶつけてくる言葉に、たっつんはギュッと拳を握りしめた。
痛い。でも、ありがたい。岩本が真正面から向き合ってくれているのが伝わる。
「……ある。教えて、くれるなら」
「よし。じゃあ、俺の音の取り方、ちゃんと見てくれ」
二人は、鏡越しに並んで振りを合わせた。
何度も、何度も繰り返す。そのたびに、照がたっつんの肩に触れ、角度を調整したり、タイミングを口に出してリズムを教えた。
「いいぞ、今の感じだ。力みすぎず、でもブレずに」
「……マジでわかりやすい。すごいな、岩本くん」
「お前、努力してるの、わかってたからさ」
その一言が、たっつんの心をじわっと揺らした。
驚いて横を見ると、照は照れくさそうに視線を逸らしていた。
「俺、昔から不器用なやつって好きなんだよな」
「……え?」
「誤解すんな。そういうの、応援したくなるってだけ」
照れ隠しなのか、本気なのか――
でもその言葉の奥に、まっすぐな気持ちがこもっているのは、たっつんにも伝わった。
練習後。夕方、少しだけ色づいた空を見ながら、二人はスタジオの外のベンチに腰掛けていた。
汗は引いたが、たっつんの胸の高鳴りはまだ落ち着かない。
「岩本くんって、さ。もっとクールで近寄りにくい人かと思ってた」
「……よく言われる」
「でも、全然違った。すげぇ、優しい。真面目で、ちゃんと見てくれてる」
照は短く息を吐いて、少しだけ笑った。
「たっつんも、思ってたより……素直で、まっすぐだよ」
一瞬、二人の視線が交差する。
そのまま、お互いに言葉を失ったまま、夕焼けのオレンジに染まっていく空を見つめた。
静かな時間。けれど、胸の奥では何かが確かに動いていた。
帰り際、たっつんがそっとつぶやく。
「また、俺に合わせてくれる?」
「もちろん。何度でも」
その言葉は、ただの“振り付け”だけの話じゃないことを、二人ともどこかで感じていた。