テラーノベル
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あの人が初めて店に来てから、もう何度目だろう。
最初は、少し変わったお客さんだと思っていた。
花を買うのに慣れていないのに、なぜか俺の好きな花を選びたがる人。
それから、週に一度くらいのペースで店に来るようになった。
「こんにちは」
「こんにちは」
それだけのやり取りだった日もある。
けれど、少しずつ会話が増えた。
今日はどんな花がおすすめなのか。
この花は長持ちするのか。
季節の花は何なのか。
そんな他愛のない話ばかり。
それなのに――
最近、店のドアが開くたびに、少しだけ期待してしまう。
カラン、とベルが鳴る。
反射的に顔を上げてしまってから、違うお客さんだと分かる。
「……何してるんだろ、俺」
小さく呟いて、苦笑する。
別に、待っているわけじゃない。
そう思っていた。
だからその日の夕方、 またドアのベルが鳴ったとき 顔を上げるより先に、胸が少しだけ跳ねた。
「こんにちは」
聞き慣れた声。
「……こんにちは」
いつもと同じように笑おうとした。
けれど、どうしてだろう。
今日は、目を合わせるのが少しだけ恥ずかしかった。
「今日は花、買わないんですか?」
いつものように声をかけると、勇斗は店内を見渡した。
「……買いますよ」
「何にします?」
「まだ決めてません」
「じゃあ、一緒に選びましょうか」
そう言って隣に並ぶ。
いつもならすぐに決めるのに、今日はなかなか花を選ばない。
「これなんか、どうですか?」
「うーん……」
「じゃあ、こっちは?」
「……それもいいですね」
どうやら、本当に決める気があるのか怪しい。
「じゃあ、これは?」
そう言って別の花を手に取ったとき、勇斗がふっと笑った。
「……それが目的だったりして」
「え?」
「いや、なんでもないです」
そう言って、何食わぬ顔で花を見つめる。
俺は意味が分からないまま、首を傾げた。
けれど。
なぜだろう。
その言葉が、妙に耳に残った。
もしかして――
なんて。
でも、そんなことあるわけない。
佐野さんはただの常連客。
自分は花屋の店員。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう思っていた。
――そう、この日までは。
その日の仕事を終え、家に帰る。
久しぶりにテレビをつけると、ちょうど新しいドラマの番宣が始まった。
画面に映ったのは、見覚えのある顔だった。
「……え」
思わず声が漏れた。
その人は、テレビの中で笑っていた。
自分が知っている笑顔とは少し違う。
髪型も、服装も違う。
でも、分かった。
分かってしまった。
「……嘘だろ」
画面の下に表示された名前を見つめる。
そこに書かれていたのは――
あの人の名前。
「……え?」
頭が追いつかない。
俳優。
テレビの中で何度も見かける、有名な人。
雑誌にも、CMにも出ている。
街を歩けば誰かに気づかれるような人。
なのに。
俺が知っている彼は、花屋の前で少し困ったように笑って、
「あなたが好きな花は?」
なんて聞いてきた人だった。
「……あの人、俳優だったの……?」
呟いた瞬間、今までの記憶が一気に蘇る。
花を選ぶのに妙に時間がかかったこと。
何度も店に来たこと。
俺の好きな花を聞いたこと。
そして――
「……それが目的だったりして」
あの言葉。
胸が、どくんと鳴った。
今まで何とも思っていなかったはずなのに。
ただの冗談だと思っていたはずなのに。
急に、その一言の意味が分からなくなった。
もしかして。
もしかして、あの人は――
俺に会うために、花屋に来ていた?
そう考えた瞬間、顔が熱くなった。
「……いやいや、そんなわけ」
慌てて首を振り発した言葉はテレビの音にかき消された。
そんなわけない。
そんなこと、あるはずがない。
テレビの中の彼と、花屋に来る彼は同じ人。
ただ、それだけ。
なのに。
次に店のドアが開く日を、今まで以上に意識してしまう自分がいた。
はる☻
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#からぴち
Pengin-dayo
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コメント
1件
わあっ……! 読み終わって、胸がきゅーってなったよ……😖💔 日常の小さなやりとりがゆっくり積み上がってく感じとか、花屋さんの「期待してしまう自分に気づく」とこ、すごくリアルでドキドキした。最後のテレビのシーンで「えっ!?」って声出た……まさかの俳優さん⁉️ しかも花買う理由がもしかして……って思うと、もう応援したくなるよ……!ここからどうなるんだろう。続きがすごく気になります🌙🤍