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「お疲れ様、流石僕の聖女様は大人気だね」
「揶揄わないで下さい」
部屋に入るとハインリヒがにこやかに出迎えてくれるが、ティアナは眉根を寄せる。正直彼が苦手だ。何時もニコニコとしているが目はまるで笑っておらず、何を考えているか分からない。
「それにしても君が花薬を作れる様になってくれて嬉しいよ。貴族達からの信頼もこれで更に上がるね」
昔から花薬は貴族等の間では手に入れたいが手に入らない特別な物として誰もが認知していた。それが目に見える形で露わになり、更に作り手が聖女となれば支持する者は少なくない。基本的に貴族は二種類の人種に分けられる。一つ目は利己主義で損得で物事を判断し自分の利益を追求する者。二つ目は主君や国家の為に自らを犠牲にしても尽くす利他主義の者。残念な事に今の貴族社会は前者が大半を占めている。
「ティアナ、君は引き続き民衆に聖女としての存在を知らしめるんだ。来たる日に備えてね。期待しているよ」
用事を済ませたティアナは帰路に着く為屋敷を出ようとするが、背後から呼び止められ足を止めた。
「ニクラスさん」
「孫ちゃん、ちょいお茶でもせえへん?」
ティアナとニクラスは客間に移動した。
一応ハインリヒに許可は貰ったが、そもそもこの屋敷はあのゴーベル伯爵のものだった筈だが何故か今はハインリヒが所有している。あの後ゴーベル伯爵は捕まったがそれからどうなったかはティアナは聞かされていない。そう言えばハインリヒは、以前自分は誘拐とは無関係と話していたがそう考えると怪し過ぎる……。花薬の事もかなり詳しく知っており興味津々だった。だが今更詮索した所で意味はないかと苦笑する。
「どうされたんですか」
「いやな、ちょい心配でな」
「?」
長椅子に向かい合って座り真っ直ぐにこちらを見る彼は口元は弧を描いているが目は笑っていない。何処か物悲しげに見えた。
「このままだと、引き返せなくなるけど良いんか? 今ならまだ間に合うで」
彼は昔から何時も飄々としていて、突然姿を現しては急に消える様な謎に包まれ人物だった。ロミルダはニクラスの性質を良く理解していたみたいだったがティアナには未だにさっぱりだった。ただそれなりに長い付き合いではあるので、余り人に深入りするタイプでない事くらいは分かる。なのでそんな彼がこんな風に言ってくるなんて正直驚いた。
ティアナはゆっくりと首を横に振って見せる。
「もう、決めた事ですから引き返すつもりはありません」
「そうか……すまんな、余計な事言ったな」
「いえ、ご心配して下さりありがとうございます」
「ほなら一つだけ……アルノーつう男には気いつけや」
聞き慣れない人物の名前にティアナは首を傾げた。
「フローラつう嬢ちゃんの周りをウロチョロしてる奴や。本当の意味での黒幕は嬢ちゃんやない。嬢ちゃんを操ってるあの男や」
「ニクラスさんは、その方と知り合いなんですか」
「……古い、知人なんよ」
ニクラスはそれ以上何も話す事はなかった。話したくないのだろう。ティアナは彼からの忠告を有難く思いつつ礼を述べた。
ティアナは帰りの馬車に揺られながら先程のニクラスの言葉を思い出していた。
フローラに気を取られており、まさかそんな人物がいるとは考えもしなかった。ただ教会で初めてフローラを見かけた時の事を思い返して見ると確かにあの時彼女の隣に頭からフードを被った男性がいた事を思い出した。
(彼がニクラスさんの古い知人であり黒幕……)
折角ニクラスが心配して忠告してくれたのだ。警戒するに越した事はない。ただこれまで接触した事もないので正直どう対処すれば良いのか分からないと頭を悩ませるばかりだ。