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屈指の人気を誇るクールビューティー切継愛。
そんな彼女の乞食みたいな……食いっ気たっぷりの一面を知った後で、こんな景色を見せられると思わず怨嗟の念を発したくなる。
俺の肉まん返せ。10倍にして返せよ金持ちが!
また魔法女子に対する文句を言ってるのかって?
当たり前だ。
超高級マンションの最上階に切継愛の家はあったのだ。
「おねーちゃんっ。おかえりなさい」
「ただいま、唯」
小市民である俺がおそるおそる、豪奢な玄関口に入ると一人の少女が出迎えてくれた。
星咲や俺を見てはぺこりとお辞儀をしてくる。
「私の【魔史書管理人】、妹の唯よ」
「切継唯です。歳は13歳の中学一年生です。いつも姉がお世話になってます」
切継に紹介された子、この唯さんが切継の財布の紐を握っているのか、と把握する。いまどき珍しい黒髪おかっぱ少女に、しっかり者のイメージを抱く。
「唯、今日はこの子たちも一緒にお夕飯をいいかしら?」
「はーい、全然問題なし。おねえちゃんは食いしん坊さんだから、たーっくさん作っておいたしね」
二人は仲睦まじく俺達を案内する。姉妹団欒を見せつける切継の背中に、星咲がいつになく深刻な顔で言葉を投げた。
「切継さん……自分の【魔史書管理人】をボクたちに明かすなんて……」
そういえば聞き慣れない単語が切継の口から出ていたな。
まだ【シード機関】では習っていない内容かと判断し、耳を傾けておく。
「星咲さん、あなたなら別に知られてもかまわないと判断したわ。きらちゃんは一食の恩義と、私達のせいで魔法少女になってしまったから……信頼の証にと……」
よくわからないが、他人には容易に教えたりしない内容なのだろう。
床が豪華な大理石(床暖房付き)のリビングに通され、ソファに座るように促されたタイミングで質問をしてみる。
「あの、【魔史書管理人】って?」
「あぁ、きらちゃんは……【継承の魔史書】持ちだったわね」
そう言って、チラリと星咲の方へと顔を向ける切継。
なにやら彼女は星咲の様子を窺っているようだったが、切継の代わりに口を開いたのは星咲だった。
「ボクたち【継承の魔史書】持ちには関係のない話だけれど……」
星咲は一呼吸おいて、ゆっくりと説明を続ける。
「普通はね、誰かが魔法少女として覚醒する時、その人の身近な人物が【魔史書】に変化するんだよ」
「うん?」
よく理解できない俺に、切継が補足してくる。
「私達、魔法少女は……家族や友人、恋人の存在を犠牲にして【魔史書】を行使している。わたしの場合は妹の唯ね」
「え……」
驚愕の事実だった。
通常、魔法少女になる場合はだいたいその家族が【魔史書】そのものに変化するらしい。それに該当する人物が【魔史書管理人】だそうだ。
【魔史書管理人】はその時点で、普通の人生は歩めないし自由がない。
そりゃそうだ。魔法少女が【魔史書】を発動するたびに、人間としての姿は物理的に消え失せて【魔史書】となる。
魔法少女の都合で忽然と姿を消す人間など、どうやって普通に生活ができようか。バイトに仕事、そんな頼りない人物を誰が雇う?
恋人相手だってそんな不安定な存在を誰が選ぶ?
さらに残酷なことに、【魔史書管理人】となった人間は政府に交付される特殊な薬を飲み続けていないと、人間としての自我を崩壊してしまうとのこと。放っておけば完全に【魔史書】化してしまい、二度と人として戻ることはないようだ。
政府は特殊な薬を提供する代わりに、魔法少女たちへ【人類崩壊変異体】撲滅の任を遂行する使命を持たせ、人質じみたシステムで今が成り立っている。
ゆえに世の魔法少女たちは【魔史書管理人】の自由を奪ってしまった償いのために、アイドルとして活動し奉仕する。自分と【魔史書管理人】の命を延命させるために。
「そんな事実……知らなかった……」
「当り前だよ。【魔史書管理人】に何かあれば、彼女たちの【魔史書】は失われるんだ」
弱点となる存在を隠すのは当然、か……。
「中にはそれを恐れて、わざと【魔史書】と一体化させる魔法少女もいるよ。もちろん【魔史書管理人】は消えるけどね」
うわ、魔法少女は【魔史書管理人】の生殺与奪を握ってるのか。
「それに【魔史書管理人】と上手くいってない魔法少女もいるわね。うちは幸いにして良好な関係よ」
切継の言う通り、確かに自分を不自由な身にした張本人……魔法少女を恨むのは普通だろう。【魔史書管理人】になってしまった側からしたら、自分が危うい存在になってしまった原因は魔法少女にあるわけだから。
【アイドル候補生】の甘宮恵が『家での居場所もなくなっちゃったし……』と呟いていた原因はここにあるのかと、今更ながらに納得する。
家族の一員を人間以外の物に変えたのだから……家族内での居場所を失う少女も少なくはないのだろう。
「なぁ星咲……魔法少女の中で【継承の魔史書】を持ってるのってどれぐらいなの?」
「全体の1%未満かな?」
おいおい……ほとんどの魔法少女は自分の身近な存在を【魔史書管理人】にしちゃってるって話じゃないか。しかも、終わらない罪悪感を胸にアイドル活動を続け、時には重荷となっている【魔史書管理人】を……消し去る、という選択肢が脳裏をチラつくのか?
それすらも罪の意識が芽生え、自己嫌悪に陥る作業でしかない。
「そんな理不尽な……」
「言ったじゃないか。世界は理不尽で満ちているって」
言葉とは裏腹に、にこりと笑う星咲。
彼女の笑顔はどんな理不尽すらも覆す、そんな意気込みを感じさせる強さを放っていた。
しかし到底、そんな言葉だけで片付けていい話ではないはずだ。
心の内はざわついている。
どうしてお前は本心から笑っていられる?
【継承の魔史書】持ちである俺達には関係のない事だからか?
いや違うはずだ。人の心に機敏で人心掌握術に長けたトップアイドルのこいつにしては、切継への配慮に欠けた態度であるとわかるはず。
「きらちゃん、勘違いしないでね。私はそれなりに幸せよ」
切継も、見惚れる程の綺麗な笑みをこぼした。
◇
切継の妹、唯ちゃんが用意してくれた鍋をつつくこと数十分。
トップアイドルによる談笑が机の上では交わされていた。
「【発作】を抑えるのって大変よね」
「そうだね。でも上手く向き合って楽しんじゃうのもありだよねー」
魔法少女は必ず、なんらかの【発作】を抱えているそうだ。【発作】とはひらたく言うと抑えがたい欲求らしい。内容はそれぞれ違い、魔法少女となるきっかけに関係しているとの事。切継だったら食欲で、星咲だったら可愛くなりたい、などなど……性欲の間違いでは? とツッコミはしない。
俺だったら……俺の【発作】は、何だ?
「正直に言うとね、学校ではみんなにどう対応していいのかわからないわ」
クールビューティー極塩対応アイドルにあるまじき、陰キャみたいな発言をする切継に対しあっけらかんと星咲が返す。
「好きでいいんじゃないかな?」
ちなみに唯ちゃんは遠慮してるのか、他の部屋にそそくさと移動してしまった。
気遣いのできる子だ。
「星咲さん、あなたはもう……簡単にそんなことを言えるけれど……私には……」
切継は言いにくそうにして豚肉をポン酢につけていく。
「みんなの切継愛ってイメージがあるから?」
「そう……私が、本当の私を出して失望されたら……」
悩ましい表情をしながらも、豆腐を口に運ぶ切継の箸の動きは止まらない。
「魔法少女アイドル切継愛としての仮面を、脱ぎ棄てる訳にはいかないの」
深刻そうに決意してるわりに、一向に食べる勢いを失わない彼女にツッコミを入れるほど野暮ではない。先程の話を聞いてそんな気持ちが湧きおこるはずもなく、俺は代わりに同意の言葉を送る。
「仮面か……わかるなぁ」
俺も現在、魔法少女になったわけで。高校では何食わぬ顔をしつつも、放課後は【アイドル候補生】として【シード機関】に通う身。
隠し事だろうが、嘘だろうが、自分の一部を他人に偽るっていうことは存外に疲れる。俺だったら家族や優一とかだな。
「きらちゃんもこの気持ちをわかってくれるのね」
「切継さんほど有名じゃないから、大変さや気苦労は全然たいしたことないけど……ちょっと疲れる」
「それに……怖いわよね」
「怖い?」
「そうよ。本当の私を知って、大したことないって思われるのが怖いのよ」
「まぁ……人って自分の内情を利用してひどい事してくる奴もいるしな……」
中学時代に憧れ、恋をし、その気持ちを利用してイジメの発端を作った魔法女子の白雪を思い出す。
「わかってるくれるのね、きらちゃん。私は冷たい態度を取っていればクラスのみんなとも距離を置けると思っているわ」
「会話をしなければ己を知られることはない、と」
「私を知られる事もないし傷付く事もない。友達を作らなければ裏切られる恐怖も、罵られる悲しみもないわ」
コミュ障というよりかは、人間不信か。
まぁそこには同意できるな。
「人間は……醜いからなぁ」
「やっぱりきらちゃんは私の理解者ね」
「えぇぇー、そうかもしれないけどさ? 人間には素晴らしいところもあるよ?」
ポジティブオーラ全開の星咲にネガティブ組は聞く耳を持たない。
こいつはいつもこう、王道的なアイドルって感じで明るいよな。
ちょっと鬱陶しいというか、眩し過ぎるんだよ。
「しかし、信用に値しない輩は多いぞ」
「きらちゃんに同意よ」
「そうかもしれないけどさ? 人間の黒い心ごと、輝きシャイニーでキラッキラにするのがボクたちのお仕事でしょ? そしたら世界はハッピーさ」
「そんな世界になればいいな」
ポン酢に絡めた糸こんにゃくうめぇ、と感心しつつも適当に星咲の言葉を受け流す。
「きらちゃんが望めば手に入るんじゃないかな?」
「笑わせろ、結局人は一部の家族や人間以外は信用できないし、する必要もない」
「そうかもね。でも、ボクはキミを、きらちゃんを信頼しているよ?」
「わたしもかな。なんだろう、きらちゃんとは通ずるものがあるわ」
なんだか話が妙な方向に逸れているな。
俺はぷるぷる豚肉さんをポン酢に投入し、その肉感を口の中で転がして旨みを楽しむ。
「二人に、んぐっ。そんなことを言われても嬉しくないかな」
「うっわー、照れてるね? 照れてるんでしょう?」
星咲、お前ってめんどくさい奴だな。
「いや、1ミリも」
表情一つ変えずに本音をもらす。
「やっぱり、私ときらちゃんは相性抜群だと思うの。だから私もきらちゃんとお友達になりたいわ」
切継もどこをどうすればそういった感想を俺に抱くのか、理解不能である。
「きらちゃんが魔法少女になったのは私のせいでもあるから。あと肉まんの恩もあるから、アイドル活動をお手伝いさせてほしいわ。何でも相談して」
「……ありがとう、ございます」
まぁ利用できるものは利用するべきか。
こいつの弱点も知れたわけだし、いざとなったらゆする対象にでもしよう。
「わぁ、きらちゃん良かったね。心強い師匠に、頼り甲斐のある先輩までできたね」
「……師匠だと認めてない」
しかし、こいつは何度言っても師匠面をやめない。
「はっはー。照れてるね? 照れてるんだね? こーんなボクみたいな美少女に色々教わっちゃうんだもんね?」
ちょっ、やめろ。くっつくなって。
胸とか、が、おい!
いい匂いもするからやめろよほんと!
「星咲さんは本当に、なんていうか……ふふっ、すぐに距離を縮めるのが上手だわ」
おおーっと、切継よ。さっきからお前も無防備すぎるんだぞ?
その体勢で……床にペタンと座りリラックスしているから、スカートから見える太ももが……足を組みかえたり、今ッかすかに白き輝きがッッ。
「そういえば、星咲さん。星咲さんは学校でよくあんな男子と絡めるわよね」
「あんな男子?」
「鈴木吉良よ」
切継が苦い表情で口にした名は、俺の本名だった。