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今回の話ね、書いてる途中に保存するの忘れて、間違えて閉じちゃったら、全部消えててそれを2回繰り返して疲れて寝た。遅れてすまへそ!
その言葉を最後に遥さんとの通話切れた。
少し思考が止まり、息をのむ。靴を脱いで部屋に上がり、壁に掛けてあるカレンダーを見る。
8月21日のところに歪な形二重丸がしてあった。
西宮桃 7月19日 金曜日 20時
「俺!いつか店長になってぇ!いっぱい部下を持ってぇ!田中さんみたいに優しい人になりたいっす!愛してる田中さん!大好き!」
うるさい。帰りたい。
顔を真っ赤にして叫ぶ力斗さん。それに対して田中店長は
「そうだな」
と動じることなく自分の生ビールを飲む。
「ねえ!力斗くんのあれ、皮肉よね?」
と、俺の隣に座っている木ノ瀬さんがモヒートを一口飲んで、俺だけ聞こえるよう小声で言う。
「田中さんを尊敬してる人っていたんだね」
「どうでしょうね。力斗さんは、俺が飲み会に行くって言ったら、愛してるって返答してました。多分愛を軽く考えてますよ。」
「それは言えてるかも」
苦笑いしながら、木ノ瀬さんは明太子入りの厚焼き玉子をつまみモヒートを味わっていた。
腕時計を見ると時刻は既に20時飲み会が始まって1時間たっていた。
今日は営業の人やアルバイトの夜勤の子たちも集まっている。シフトがよく被る木ノ瀬さん、力斗さん、凛さんと同じテーブル。隣は営業や夜勤。田中店長は2つの卓を行き来して1人1人と会話していた。
木ノ瀬さんは既に10年もこの印刷会社に勤めている。全ての機械に詳しいため、俺も時々木ノ瀬さんを頼っている。いつもピリピリしている店長とは対照的に、明るく面倒見もいい。世話焼きお姉さんみたいな人だ。
こちらのテーブルでは、力斗はんは初っ端から浴びるほど酒を飲み、いつもより3倍おちゃらけた調子で、最近行った飲み屋、流行りの音楽、最近の案件、他店での嫌な上司について延々と喋っていた。それを凛さん、木ノ瀬さん、俺の3人が、それぞれ何となく頷きながら酒とつまみを味わう。 そこにたまたま田中さんがこっちのテーブルに来たので、標的が田中店長に変わった。
「店長、いつも俺の事気にかけてくれるじゃないですかぁ!それほんと嬉しくて、俺いつも失敗するから、誰かに見て貰えないと不安でしょうがないんですよ。でも田中さんがいつも俺のことちゃんと気にしてくれるって思うと、毎日仕事なんばれるっす!」
「そうだな。サボらなくなったらもう1人前だな」
「サボってないっす!コミュニケーションを取ってるだけっすよ!」
「わかってるよ。いつも場を盛り上げてくれてありがとうな。でも口と手を一緒に動かしてくれ。せっかく仕事は早いんだから。あと凛も、呑み込みが早い。入社2年目だったよな?ミスもそれぼとないし、臨機応変に動けるから、かなり頼りにしてるぞ」
力斗さんのテンションについていけず、静かにハイボールを飲んでいた凛さんは、突然話しかけられて慌てている。急いでジョッキから口を離して口元を舌で舐めると、いつもより高いトーンで答えた。
「あ、えと、ありがとうございます。でもまだまだ、分からない機械沢山あって勉強中です。それにすぐ確認しちやうから、別の作業をしている皆さんに迷惑かけちゃって……」
「ああ、そんなことないわよ。すごく頼りにしてるわ。ねえ、田中さん。凛ちゃんね、最近尺3つ折りの機会、1人で動かせるようになったんですよ」
「本当か?あの機会は木ノ瀬くらいしかわかるやつ居なかったから、すごく助かるぞ」
「さ、最近ですよ!本当に最近です。それに、事前に一通り木ノ瀬さんと流れを確認してからでしたから。木ノ瀬さんがそばにいないとまだ怖いです。初めてやった時は変な音して止まっちゃったし」
「最初はいいのよ。いっぱい失敗して。最終的に出来ればそれでいいんだから。ゆくゆくは凛ちゃんにフォットブックもやってもらいたいなぁ!」
「え、それは嬉しいです!ずっとやってみたかったんです!すごい楽しそうだし!」
今日一の音量で観喜の声を上げる凛さん。言ったあとに大きな声を出したのが恥ずかしかったのか、俺の方を向いた。
とりあえず微笑んでおく。田中さんも部下の意欲的な姿勢に嬉しそうで、珍しく笑顔だった。
「ところで西宮__」
「あ、え。んっ、え」
突然自分の名前を呼ばれ、枝豆を食べていた手が止まる。
面倒くさいからできるだけ会話に混ざらないように静かに食事していたのに、とうとう自分に話が回ってきた。一応姿勢を正して手を膝に置く。
「お前はこの店舗で働いて6年くらいだ。俺は入社以来ずっと3号店で働いているが、西宮ほど呑み込みも仕事も早いやつはいなかった。器用さや丁寧さは俺もかなり評価している」
「そこでだ。最近できた9号店があるだろう?あそこは周りに会社も多いし、かなり繁盛しているらしい。スタッフの人数が今のままだときついらしくて、1人どこかから移動させようかって話があるんだ。西宮、あそこで副店長やってみないか?」
田中さん、力斗さん、木ノ瀬さん、そして凛さん、4人の視線が自分に集まる。
木ノ瀬さんは
「いいじゃない西宮くん」
と楽しそうに言う。力斗さんは若干笑みを浮かべて俺を見ている。そして凛さんは、さっきまでの微笑みはどこにいったのか、真顔になっていた。
俺は
「ええっと」
と言って溜息をつき、膝に手を置いて姿勢を正した。
「嬉しいですけど、俺はまだキャリアアップは望んでないです。」
もとより気持ちは固まっていたから、すぐに答えが出た。田中店長は予想より驚いた顔をした。
「どうしてだ?」
「俺は、力斗さんみたいにコミュニケーション力に長けてないし、木ノ瀬さんみたいにフォローも出来ないし、凛さんみたいに、臨機応変に対応もできません。田中さんの言葉を借りて言うならただ今日で丁寧なだけです。上に立つ人は全部金揃えなきゃいけない。俺は上に立てるほど立派な人間じゃないんです」